美笑日記2.27:感情と記憶の脳内メカ

忘れもしない、高校時代のある日。ジュリアードでの授業中、舞台上で「実験をしてみましょう」との前置きと共に同級生たちの前で先生にこんなことを言われてから演奏したことがあります。

「想像してください。戦時下の演奏会。あなたは知っています。聴衆の一人が情報員であること、そしてあなたの演目の中に暗号化された国家機密が組み込まれていることを。あなたの任務はこの曲を正確に明瞭に弾くことです。あなたの演奏は戦局を影響し、何千人・何万人の運命を左右するやもしれない。さあ、弾いてください!」

ワクワクと張り切って最初の一音から最後の一音まで弾ききりました。級友たちが「おお~~」と喝采を送ったのは私だったのか、この指示を出した先生だったのか。

なぜこの思い出が私の記憶に鮮明なのか、なぜこの様な教え方が効果的なのか、脳のメカニズムへの理解を少し深めた今説明ができます。

好き嫌いの判断や感情や生存本能を司る偏桃体 (amygdala)という部位と記憶を処理する海馬 (hippocampus) は隣り合わせ。記憶に値するインプットかどうか海馬が判断する基準の一つが偏桃体からの感情シグナルなんです。だから楽しい思い出とか怖い映画などの記憶が鮮明ですよね。それを逆手にとって記憶を活性化させるために感情を煽る…それをこの先生はしていたのです。そしてだから気候変動や紛争などの問題の理解と解決のために、結束感や快感を与える音楽を起用することが効果的なのです。音楽は感情を刺激します。だから吟遊詩人は長い詩を歌に乗せたんです。だから識字率が低い中世、歌にすることが記憶術だったんです。

そういえば思い出しました。小さいころ練習に付き添ってもらえなくてぐずった私に母が言ったんです。「神様の前で弾いてるつもりで練習してごらん。」信仰深い家庭ではなかったのですが。海馬と偏桃体の関係性が研究の前なのですが。人間って、そして母親って、すごいですね。

この記事の英訳はこちらでお読みいただけます。https://musicalmakiko.com/en/life-of-a-pianist/3208 

このブログエントリーは日刊サンに連載中の隔週コラム「ピアノの道」の3月3日付けエントリー124を基にしています。

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