19世紀の音楽批評

19世紀の音楽批評を論文のために多く読んでいる。 面白い。 吹き出してしまうこともしばし。 「筆者はこんなにひどい曲は聞いたことが無い。」とか しかし、この「筆者」は無記名なのである。 19世紀は啓蒙主義や、貴族社会崩壊、宗教の圧力の軽減などから 歴史的にもかなり色濃く個人主義の時代だったようだ。 『自分が大事!』と言う姿勢が奨励され、 結果「自分が感じる事」「自分が思うこと」が少なくとも自分にとっては大変重要で その結果、例えば私生児の数がすごく増えたりとか、そういう副作用もあったらしい。 だから批評も歯にきぬを着せぬ、と言うか。 でも同時に賄賂や、友人・知人びいきとか、そういう事もあったし、 何しろ記事の非常に多くが無記名で、そうすると信憑性が薄くなったりする。 これ等の記事を読んでいくのは本当に面白くて いつまでも読んでいられるのだが、さてこれらをどのように自分の論文に役立てようかと言うと 中々難しい。 でも、書くと言う行為は後世の意見を左右する大変な事である。 そういう認識を持たずに、書きまくっていた、出版しまくっていた19世紀。 その書かれ残った歴史と、実際の当時の現実とのギャップをどのように埋めるか。 歴史と言うのは本当に水物である。

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生きるために食べるか、食べるために生きるか。

To live to eat or to eat to live. 食は文化だ。 食は生きるために欠かせない営みだ。 その食に手間と技をかけ、工夫をすることが最高の贅沢だ、芸術だ、とも考えられる。 食べるために生きる人が、究極のグルメだと思う。 美食を追及し、美食を囲んだ社交を大切にし、 健康よりも味覚を取る、と言う食哲学。 対して。 健康のために食べる、と言う考え方。 身体に良いものを、身体の良い様に、身体に良いから食べる。 食は健康体を作るための一環だ、とする食哲学もある。 極端な例では食材に火を通さず、動物性たんぱく質を全くとらない(乳製品も卵もダメ) Raw Veganなる食文化もある。 彼らは低温や、圧力などで、これも物凄い手間をかけて調理したりする。 これもある一種の食に関する価値観・文化・主義だ。 クラシック音楽家と言う生業をしていると、 前者に多く囲まれることになる。 クラシック音楽のスポンサーになるような人の多くはグルメだし、 クラシック音楽家自身も飲んべいのグルメや、 自ら腕を振るうこだわりの料理人が多かったりする。 でも、病気がちだった自分の過去や、 食倫理から菜食主義の友達を多く持った事、 さまざまな理由から私はいつもこの二つの両極端を行ったり来たりして食べてきた。 まだ言うのも恥ずかしい始めて10日なのだが、 毎日マラソンとカロリー計算を始めて、 食に対する新しい見解を確認しつつある。 私は成長期、病弱だったことなどからほとんど運動をせずに来た。 それがマラソンをするようになって、やってみたら6キロ歩かずに走れるのである! 驚愕した。 いつの間にこんなに強くなっていたんだろう? それともいつも意識だけの問題だったんだろうか? 。 そして、食に関しての感覚も変わった。 食いしん坊で、食べる量に関しては自信があって 反面、いつまでも食べていたくなってしまう、そんな食習慣だったのが、 運動を始めて、体が欲する時に体が欲している物を欲している量だけ食べる、 と言う感覚を始めて覚えた。 カロリー計算をすることによって、 身体に適度な摂取量と言うのも知った。 面白い。 性転換が可能な世の中である。 ほぼどんな肉体改造も可能なのではないか? そして自分の肉体を責任を持って管理することで 最終的に自分の運命も管理することになるのでは? 私は化粧する時間があるならば走る。 走って、食を正して、内からきれいになる。

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余裕と運動

体育は本当に苦手だった。 補助なしで逆上がり出来たことは一度も無し! 私の家族は皆本の虫で、インドア家族だった。 それに幼少期から病気がちで、ピアノの練習もあったし。 兎に角運動と言うものにあまり縁なく、この年になってしまった。 ヨーガに凝ったのはヨーガが一番運動らしからぬ運動だったからかも知れない。 瞑想的な一面に共感した。 そんな私が友人にFitbitをプレゼントされて、 自分でも滑稽なほどはまってしまった。 Fitbitと言うのは豪華万歩計と思ってください。 歩数だけでなく、燃焼カロリー、歩いた距離なども計算してくれる。 また、オンラインで食事を記録することで消費したカロリーを計算してくれたり、 Fitbitと提供して、運動量に対して消費するべきカロリーを提示してくれたり。 今では私は万歩計の虜! 練習や論文の気分転換にはビルの周りをぐるっとお散歩! レッスン教えるときは今まで手を叩いて拍子をとってあげていたところを 全て足踏みに変換! トイレだって遠い方のトイレまでわざわざ小走りで行ったりする。 お陰で毎日一万歩は軽くクリア。 今日は1万3千674歩。 大満足で、快調で、毎日元気に過ごしています。 それにしても私は素晴らしい友人に恵まれている。 ちょっと最近論文やなんやで疲れ気味だった私を 一気でここまで幸せにしてくれるプレゼントを考え付くなんて、 私の事を本当に考えていてくれているんだ、と思う。 幸せです。

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若い学生が亡くなる時。

この一週間ほどでライス大学の学生が二人亡くなった。 一人は私の属するライス大学音楽科、シェパード・スクールの声楽専攻の4年生。 私も面識がある男の子。 とっても明るい感じで(最近痩せたな~)と思ったのが去年位。 そして今年は見かけなかったが、私ももうあまり学校に行っていなかったので (卒業したのかな)位に思っていた。 5年間も癌ど闘病していたとは全然知らなかった。 先週だった。 もう一人は私が面識が無い中国人の22歳の留学生だが、 たまたま私が属している院生のグループのメンバーだった。 昨日だった。 学生が亡くなると、校長から一斉メールが来る。 タイトルは決まって「悲しいお知らせ(A Sad News)」。 そして学生が何科を専攻する何年生かと言うことが知らされ、 病死の場合は病気と勇敢に前向きに闘病した様子が簡単に知らされ、 大抵「これをきっかけに自分の命の尊さと自分が持っている物のありがたさを再考しよう」 みたいな、できるだけ前向きなメッセージで締めくくられている。 が、毎回文面は違い、校長が面識があった学生の場合はそのエピソードも綴られ きちんと書いている誠実さが伺える。 大抵一年に一回あるかないか、くらいの出来事なので 今回一週間で二つの死があったことはとても異例だった。 昨日のメールはいつものと少し違った。 タイトルと亡くなった学生の専攻と何歳かと言うことはいつもと同じだったのだが 「皆さんの安全は確保されていますので、冷静に日常を続行してください。 詳しい事は追って発表されます」とあったのだ。 何事か、と思った。 そして気が付いたら山の様なドーナッツがそこらじゅうにあった。 そしてスタッフがやたらと多く巡回している。 数時間後、夜に中国から来訪するご両親のためにカードを書く会と言うのがあるので、 出来るだけ出席するように、とメールが来た。 沢山の中国人留学生と、これまた沢山のカウンセリング・スタッフ、 留学生支部のスタッフ、私の属するグループのスタッフ、 校長先生と、そして一般学生が集まっていた。 ライス大学の警察も居た。 「アメリカでは、死者の死因の発表は家族が決めることです。 ですので死因については、スタッフもごく少数以外は知りません。 その代りに、故人の生前の活動や業績について祝い合い、故人を偲んで集まります。 これだけ沢山の友人に集まってもらえたことは個人の人徳を思わせます。 ご両親にご報告します。 また、面識が無かった人もご両親のためにカードを書いてください。 我々はご両親のために最善を尽くす準備をしています。 その一環としてできるだけ沢山の人が故人を想っていることをお知らせしたいと思っています。 心痛はこのような状況の中では普通の反応です。 一人で抱え込まず、友人と話し合ったり、スタッフと相談してください。 私たちはあなたを愛しています。 それを示すために我々スタッフは今日ここに集まっています。 一緒に話し合い、故人を偲んで一緒に食べましょう お通夜の席で食事を共にすることはアメリカでは尊厳を示すことです。 決して無礼ではありません」 と言う説明が留学生支部の支部長から、ゆっくりした英語であり、 続いて校長先生の簡単な挨拶があった。 そしてまたもや、山の様なサンドウィッチが用意してあった。 この人のスピーチには、ここでは割愛したが

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拍手はどこですれば良いのか?-クラシック音楽会

「絶対に終わりだ!」と思ったところで奏者をねぎらうつもりで思いっきり拍手をしたらば 他のだ~れも拍手をしておらず、なぜか白い眼で見られて恥ずかしくなった… クラシックの音楽会でこういう経験をした人は少なくないと思う。 なぜ、楽章の終わりで拍手をしてはいけないのか? なぜ、ジャズなどでは難所の終わりは拍手でねぎらうのに、クラシックではしないのか? オペラだってアリアの終わりに、オケがまだ演奏していても拍手が起こるのに? 本当に拍手は皆がする時だけしかしちゃいけないのか? この事を歴史的に検証した面白い記事を見つけたので、要約します。 Robert Ricks “Are Our Audiences ‘Skeered (Scared) to Clap?’”A Brief Survey of Applause Practices,” Journal of the Conductor’s Guild 16, no. 2 (1995): 66-75 モーツァルトやハイドンが生きた古典派の時代(1750-1825)は 楽章の終わりで拍手するのが当たり前だっただけではなく、 交響曲の一楽章だけを演奏したり、 また全楽章を通すときでも聴衆が気に入った楽章のアンコールを要求したりしました。 モーツァルトの交響曲「パリ」は パリでの演奏の際、全楽章とも終わる度に拍手で迎えられたのですが、 2楽章の拍手が少なかったためにモーツァルトは新しい2楽章を書き直しました。 この1楽章と終楽章は、楽章演奏中に聴衆が拍手することを期待し、 その様に書いた、とも言っています。(父への手紙の中) ベートーヴェンの有名な第九もスケルツォの楽章のティンパにの箇所で 聴衆が興奮のあまり我慢しきれずに拍手を始めたそうです。 1882年ににブラームスの交響曲第一番を指揮したハンス・フォン・ビュローは 第三楽章の拍手が最初の二楽章より少ない事に不満を覚え、 勝手にもう一度第三楽章を演奏しなおしたそうです。 19世紀のパリでは奏者が「サクラ」をしばし起用しました。 勿論、バイト料を払って、です。 サクラの効果は絶大で、時には曲の正直な評価が全く分からなくなるほどでした。 サクラが払えない奏者ように、ハンドルを回すと拍手に似た音が出る 「拍手マシーン」なるものまであったようです。 一方、メンデルスゾーンやシューマンなどは楽章終了の度に起こる拍手を嫌い、 それもあって楽章と楽章の間にトランジションの音楽を書いたようです。 有名なメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲も一楽章と2楽章がつながってますね。 ワーグナーもこのような拍手で自分の芸術が邪魔されることを嫌いました。

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