非常時の音楽家の役割
コロナウィルスのニュースで持ち切りですね。休校・イベント中止・株価暴落…そんな中、休校になったミラノの校長が生徒に宛てた手紙がSNSで話題になっています。17世紀にミラノを襲ったペストを描いたマンゾーニの普遍的小説「許嫁」をまず引用して、「集団パニックは、危険性が蔓延していると錯覚を起こし、周りの人間までをも敵対視させる脅威。冷静な平常心と向上心を忘れず、私たちの財産が社会と人間性であるということを念頭に合理的・文明的に物事を判断しましょう」と説いています。 疫病を始めとするさまざまな世界恐慌と音楽の関係は、最古の歴史まで遡ります。自然や病の原因も分からず、なす術もなかった時代、人々は様々な思いで音楽を奏で、声を合わせて歌い、踊ったことでしょう。古文書でその様子を垣間見ることができます。音楽は祈りとしても、恐怖心を忘れる慰みとしても、コミュニティーの結束を強め士気を高める手段としても使われました。そして、科学や医療の発展した今でも、未来や死については無知に甘んじるしかない私たちが、究極的に彼らとどう違うのか… “Music is a bigger weapon for stopping disorder than anything on earth. (音楽は混乱に対する地上最強の武器だ)“と言ったのは、沈むタイタニック号で最後の瞬間まで演奏を続けたという8人の音楽家のリーダー、ウォレス・ハートリーです。それとはまったくスケールの違う話しですが、停電が何日も続いた時、普段はばらばらの生活をしていた同居人たちが私の弾くピアノの周りに集まってきて、いつの間にかミニコンサートとなった思い出が蘇ります。暗闇の中、ろうそくの明かりで音楽を共に体験して微笑み合った思い出は、私が自分のこれからの音楽人生を考える上で重要なものです。 コロナのニュースが落ち着いても、恐慌はさまざまな形で世界を脅かすことでしょう。私たちの生存本能は常に何かに恐慌を見出すからです。そんな中で音楽家として私たち音楽家が、社会に提供できるものは何か、どのような形で一番効果的に貢献できるのか…試行錯誤が続きます。 この記事はアメリカ西海岸の日本語新聞「日刊サン」に隔週で連載中の「ピアノの道」No. 28として3月5日2020年に発表されました。