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今日聞いたこと

「病は気から」と言うことわざを私は結構信じている。自分は特に「気」と「身体」のつながりが強いのでは無いか、とも思っている。その証拠に、私は自分の生理をコントロールすることが出来る。コンサートが生理にかかりそうな時、鏡を見て(今月はちょっと早めに来てください)、とか(ちょっと遅めに。。。)とか念じて、大抵上手く行く。だから、今年何度も病気になってしまう自分をちょっと歯がゆく思っていた。 なんで? しかも大抵大きな本番の2週間くらい前に病気になるのだ。 ところが、今日のお昼ご飯の時に面白い情報を得た。 私の病気はただ単に「気」のせいだけではないのかも。 何年か前に菜食主義だったけれど、再び最近肉食を始めた友人にその訳を聞いたら何と「医者命令で」と言うのだ。菜食では取れない、在る種の鉄分が不足したためにリンパ腺がしょっちゅう腫れ、医者の命令で肉を食べ始めたら体調が戻ったとのこと。 私はなんとなく菜食=健康食、と思っていて、本番が近付くとどんどん菜食になる。でも、私のリンパ腺はしょっちゅう腫れるし、リンパ腺が腫れるのは本番が近付いて菜食度が増す時なのだ。 よし!肉を食べるぞ。夕飯にサーロイン・ステーキを食べた。肉を口に入れた瞬間に良くなった気がした。そう言う単純な自分もオカシイが、でもナマジッカ冗談でもないかも。現在、食後3時間目。随分元気になった気がするのだが。 でもそうしたら子供の時から菜食主義で元気に育っている私の友達はどうなるのだろう?

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病気の日

昨日の夜は気分がちょっと悪くて、8時に就寝。今朝は8時半までぐっすり寝てしまった。朝の7時10分に出発した小学校での演奏会のバスには完全に乗り遅れた。就寝前にやっとの思いで「明日は起きられないかも知れません、多分風邪」ともう一人の指揮者に電話しといて良かった。 今日在った嬉しいこと三つ。 1)テレビで「ファイト・クラブ」を観たこと。私の一番好きな映画の一つ。何度見ても凄い映画だと思う。 2)この頃はかき込むような食事が多くて、とても食事をしながら友達と話しをする、と言う余裕はなかったのだが、今日はゆっくりお昼からおやつまで色々な友達とご飯を食べたり、キャフェテリアの外で日向ぼっこしながら近況報告をしあったこと。久しぶりに大笑いを沢山した。 3)病気だったから凄く時間がかかって、しかし待ち時間の多い事を沢山片づけて、実に生産的な気持ちだった。ホテルの予約、飛行機の予約、インターネットでのリサーチ、CDのコピー、税金の処理、などなど。待ち時間が長くてやたらと時間がかかる単純作業をお茶を飲みながらゆったりした気持ちで一気に片付けてしまった。どうせ今日は病気で使い物にならない、と思っていたのだから、一つずつ片付いて行くたびに何だか儲けたような、得したような気持ちになってしまう。 明日のオケのバスは7時40分。多分在った熱は、多分下がった。のどの痛みも随分良くなった。 明日は行けるだろうか? 指揮は楽しいから、出来るだけ行きたい。

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会話(の欠如!?)

私はNYやLAや東京と云った、いわゆるヒップな都会ばかりに住んできたが、その割には夜、遊び歩くということは余りしない。早寝が好きなのもあるし、アルコールに弱いのも、人前で踊ると自意識過剰になることも、全てが原因の要素だと思うが、こんな私でも何度かは有名なバーやクラブに言ったことがある。そこで受けた強烈な印象は、まるで会話を妨げるような、ツンボになるような音響でかかっている音楽について、である。「会話を妨げるような」と書いたが、これは形容で書いたのでは無く、実際そう言う目的があるのではないか。薄暗い、非日常的なスペースで、未知の人と密接してお酒を飲んだり踊ったりする。会話は、出来ない方が実は皆気楽なのでは無いか? そしてお店側にしてみれば、会話なんかしてくれない方が、皆どんどん飲むから、売上も上がるだろう。 最近、公的なパーティーに招かれた。次から次へと、これでもかこれでもかとご馳走が出てくる中(中華だったのですが、北京ダックの直後にチキンの丸焼きが出てきた時は、ちょっとびっくりしました。)色々な団体の代表が次から次へと挨拶やスピーチをする。隣の人に「ちょっとスプーンを取ってください」と頼むのもひそひそ声で、と言う感じだ。これもやはり、スピーチが必要なのでは無く、会話の必要性を避ける手段なのでは?と思ってしまった。 面白かった。皆シャイなのだろうか?

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新体験に無我夢中

生まれて初めてのことをするのは、ドキドキする。 今日、私は生まれて初めて自分で髪を染めました。 実は(ここは後で編集で削るかも知れない告白ですが)白髪が出て来てちょっと悩みの種だったのです。勇気を出して薬局に行き、薬品を買い、説明書を読み、そして小一時間かけてやってみました。結果は大成功!こんなに簡単ならもっと早くやってみれば良かった。 一般的に皆どうなのか興味がありますが、私は何でも初めてのことをやるのは大好きです。我を忘れて没頭してしまいます。今回だって単純に説明書の言うとおり簡単な作業をするだけなのですが、その一々に感心して、そして約束通りの結果に非常に感動して本当に一日中嬉しくなってしまいます。私が旅が好きなのも同じ理屈かも知れません。私は良く旅行中に周りの景色や人間観察や、見たことの無い新しい飛行機の機能などに熱中の余り、何のためにどこに行くのかをすっかり忘れている自分にハッと気がつくことが多々あります。例えば演奏会の為に移動している時など、そう言う道中の事柄にすっかり気を取られて興奮する最中、突然(いけない!明日はどこそこで演奏会だった。ちょっとここで寝ておかないと)と思いだしたりします。そう言う新しい興奮がなるたけ多い人生が送りたいなあ、と常日頃思います。 でも、「ワクワクする新鮮な要素を発見する」と言うのは、同じものに囲まれていても才能と叡智によって、出来るものらしい、とここで話しを音楽に飛躍させます。パブロ・カサルスは何十年も毎朝、平均律の前奏曲とフーガを弾いていたそうです。あるインタビューで「飽きないのですか?」と聞かれた時、カサルスは「全然。毎日新しい発見があります。」と答えたそうです。カサルスが凄いのか、バッハが凄いのか。多分両方でしょう。私はまだ全然その域に達せず、練習している曲にマンネリしてしまい、レッスンで先生の指摘によって見えてなかった部分が分かって慌てることがしばしばあります。そういう自分を向上するべく、私は新年明けてから大体毎日、カサルスに見習って平均律を一曲ずつ弾いて行っています。 今、立花隆さんと色々な専門家との対談集、「マザーネイチャーズ・トーク」と言うのを読んでいるのですが、その中で河合隼雄さんが「夢」(夜見る方の夢です)と、芸術の必要性について面白いことを言っていました。 1)人間には自己破壊的な要素がある。 2)その自己破壊的な要素を発散させる手段の一つとして、夢がある。夢は自分の全存在がかかっている(例えば、夢を見て人は実際に泣いたりする)ので、ある種の「体験」だと言うことが出来る。 3)芸術には作者の意図を超えて、鑑賞者が自己投影をすることが出来る包容力があるので、夢と同じような、人間の自己破壊的要素を発散出来る力がある。 芸術には作者の意図した以上のことが在り得る。 これは、私が常日頃考えている芸術と娯楽の違いの一つの大きな定義となりえるのでは? そして、もう一つ。 芸術をやっている以上、同じ曲を何年弾こうが、毎日新しい自分を投影しなければいけない。 惰性で弾いてはいけない。 ロスには珍しく、このごろ雨や曇り空が多かったのですが、今日は抜けるような空の気持ち良い日でした。 こういう日は、ブログも含めて全てに力が入ります。

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時差ぼけ

東海岸と西海岸では3時間の時差がある。改めて、アメリカは広いなあ、と思う。 今回は東海岸とは一時間の時差があるテキサスに2泊してからロスに戻って来たので、時差ぼけはそんなにひどく無いはずなのだけれど、9時には眠くなってしまう。そして5時くらいからうっすら目が覚めている。 早起きの朝は運動をする。特に安眠出来なかった夜の翌朝は運動した方が良い感じ。今日はヨーガをしました。 これで一日張り切って色々こなしたけれど、今10時で、眠くてたまりません。 ああ、でもこれは書いておかないと。 今、ブラームスのソナタ(作品120-2)を一緒に弾いているヴィオラの女の子の伴奏で今日凄いレッスンを体験することが出来たのです。このヴィオラの子はとてもきれいで、優しいし、自分をしっかりと持った子なのだけれど、少し控えめでゆったりした感じの子です。努力家で、大学院の入試に向けて一生懸命練習しているのだけれど、でも共演していて、なんとなくしっくりこない。主張が強い人と一緒に弾く時は、その主張に一緒にのるか、逆にこちらも主張して駆け引きしたり、色々出来るのだけれど、主張が無い人と一緒に弾くのは、向こうが何をしたいのか、次にどう来るのか予測がつかないから難しいです。 ところが、今日指揮者とのレッスンでこの子が皮をはぐようにぐんぐん良く成って行ったのです。指摘は簡潔にして、実に効果的! #1歌を歌うように、各フレーズの前で口で息をする。鼻で息をしてはいけない。友達と話している時、笑う時、そして歌を歌う時、その準備の為の空気の吸入は絶対鼻では無く、口。それと同じで、何か表現をする準備の呼吸は、口でしよう! #2 表現したいことをまず身体、表情、そして姿勢で具体化しよう。人間は何と言っても視覚に頼る動物だ。別に不必要な動きをする必要はないが、存在感とか、表現力と言うのは自分の全ての存在を持ってでしか、出来ない。 う~ん。奇跡の様なレッスンでした。本当に100%良くなったし、その子もずっと楽そうだった。

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