ヒューストンにあるライス大学で博士課程3年生の秋学期を無事終了した私は、去年に引き続き私の第二の故郷、NYで年を越します。10年くらい前から始めた、老若男女入り混じる音楽家で集まって新年を室内楽演奏で迎える会に参加し、ブランデンブルグ協奏曲5番やバッハのフルートソナタなど和やかに共演し、ご馳走を頂きながら年を越して、毎年音楽人生をこうして歩んでいる幸せと決意を新たにお正月を迎えるのです。子供の頃家族とおせちで祝ったお正月が懐かしくないと言えばうそになりますが、この新しい伝統も私はとても気に入っています。
今まで私は年末年始はNYで過ごしてきた。 2006年から2010年までロサンジェルスに居た時も、2010年以降ヒューストンに越してきてからも、これはいつも決まっていた。13の時に日本に家族が帰った後私を引き取って面倒を見てくれたアメリカ人老夫婦がもう80代、90代とずいぶん年を取って来て、せめてクリスマスは一緒に祝いたかったのと、NYはやはり私の拠点で友達も多いし、コンサートも、仕事もあったからだ。 でもヒューストン3年目にして、こちらにも一緒にクリスマスを祝いたい人間関係が発展し、また友達の結婚式が29日に在ったりで、今年は12月30日までヒューストン、そして大晦日にNYでNew Year’s Eve Concertで演奏して、12月5日にリサイタルを開き、学校が始まる前日、1月6日にヒューストンに戻ってくる、と言うスケジュールに落ち着いた。 そうすると、また色々な機会が発展するものである。毎年恒例で、でも私はNY滞在のため失礼していたヒューストンの日本人会のクリスマス・パーティーで1時間の演奏を提供することになった。ドビュッシー生誕150年の締めくくり、特に日本人会のために日本、そして東洋の影響を強く表現する「黄金の魚」(映像第二巻より)、そして曲集『版画』から「Pagodes」など、そしてクリスマスのお祝いを盛り上げるため、ショパンの「華麗なる円舞曲」。さらに、今学期ルネッサンス音楽の勉強を通じて考察したクラシック音楽とキリスト教の関係と、クリスマスと言う祝日のキリスト教のルーツを尊重して、バッハのカンタータ「羊は草を食む」のペトリによる編曲、などのプログラムを演奏した。 そして昨日は相棒の家族と親戚のクリスマス。お昼を食べたあと、クリスマス・プレゼントの交換。そして相棒とデュエットで音楽を添えた。 日本の年末年始が恋しいけれど、でもこちらでも元気で楽しく、音楽いっぱいにお祝いしています。
絵描きの友達についてアート用品の店に行く機会があった。 友達は色々なメーカーの絵の具の文字通り色々ある色の選択に時間をかけている。 絵の具はチューブの中で見える色と、紙に塗ってみた色と、それが乾いた色は全て皆違う。 メーカーごとに、絵の具のチューブの外に絵の具が塗ってあったり、その色の後ろに印刷されたメーカーのロゴがどれくらい浮き出て見えるかでそれぞれの色の透明性が見えるようになっていたりと工夫がなされているのだが、その絵の具をどの薬品で溶いて使うか、どういうキャンバスを使うか、どれくらいの厚さでその絵の具を塗るかなど、全ての要素が出てくる色を左右する。値段だってピンからキリまで。絵描きにとっては絵の具の選択も真剣勝負である。 1900年初期までは絵の具は自然の色素を使うしかなかったそうだ。それは貴重で、色によっては非常に高かったらしい(特に青が高かった)。貧乏な絵描きは2色か3色を混ぜたり、重ね塗りしたりして、欲しい色の印象を与える工夫をしたそうだ。スポンサーがいて、好きな色を買うお金があった絵描きでも多くて7色か8色で絵を描いたらしい。今は科学的にもっとずっと色素の密度が高く、自然と同じ色の絵の具が作れるらしい。他の事も学んだ。たとえば、赤いバラの花の絵を描こうと思っても、ただ赤を塗れば良いと言うものでは無いらしい。赤の後ろに何色を塗るかで、上の赤がどういう風に見えるか、大きく変わるらしい。だから最初にカンバスに金を塗り、青で花びらを描き、その上に赤を塗ったりするらしい。 絵を書くのにも、色素についての歴史や科学や、光について、視覚について、色々深いんだなあ。ぜんぜん知らない世界でした。とても面白かった。
聴いた話しですが、クラシック音楽(ハイドンの交響曲)を聞かせながら色々な人の脳波を集めまとめた結果、脳が一番学習していたのは、休符のときだったのだそうです。聴いていることに集中している時は実はインプットをすることに忙しく、脳はそのインプットされた情報を学習するところには至らないのですよね。 私は何かにつけて我武者羅になってしまう癖があります。短い期間で曲を仕上げなければいけない時、ペーパーの締め切り前、試験勉強中などは、寝食、健康管理、お洒落、衛生、社交…全てを犠牲にしてひたすら働くことにある種の自己満足を感じているような…でも、このごろそんな自分の傾向を反省するようになりました。「後は野となれ山となれ」と言った感じで全てを犠牲にしてまでやる価値のあるプロジェクトと言うのは本当はどれくらいあるものか?さらに、そう言う仕事の仕方が非効率的だとしたら…? ベートーヴェンは森の中を歩いて構想を練ったと言います。この前ちょっとオンラインで見た、私の好きな作家、Kurt Vonnegutが単身赴任中(大学で教授をしていました)に妻に送った手紙の中では彼の日課についてこんな文章があります。 『睡眠と空腹と仕事が、私に相談無しにそれぞれの時間を見つけていく。朝5時半には目覚め、8時まで仕事。家で朝食を取り、10時までまた仕事。歩いて町まで行き、雑用を片付け、誰も泳いでいない市営のプールで30分泳ぐ。11時45分に家に戻り、郵便を読み、正午に昼食。午後は学校の仕事をする。教えるか、教える準備。5時半には帰宅。刺激の強すぎる自分の意識をスコッチの水割りでなだめ、夕食を準備し、読書とジャズ鑑賞(ここのラジオは良い音楽を流す)。10時に就寝。腕立て伏せと、腹筋を四六時中やっている。ちょっと鍛えられてきた気がするのだが、気のせいかもしれない…』 私にとって特にこの文章が刺激的なのは、この週末、腕立て伏せと腹筋がほぼ出来なくなっている自分を発見したからです!数ヶ月前、友達に「痩せた?ストレス?」と心配そうな顔をされて、なんだか安心していたのですが、痩せデブやいやです!忙しくても、気分転換に運動することは出来ます。図書館でも恥ずかしがらずにストレッチ!家で勉強している場合、練習室で練習している場合は堂々と腹筋、背筋、腕立て伏せ!! そして散歩の心がけ。 そして掃除、洗濯、料理、そしてお洒落などの手間を無駄、仕事の邪魔、と思わず、気分転換、構想を練る時間、脳みそに学習するチャンスを与える時間、と思って豆に取ること。 それから、世捨て人にならない! もう一人私の好きな作家、ヘンリー・ミラーのこんな物も見つけました。 11 COMMANDMENTS (11の掟) Work on one thing at a time until finished. (仕事は一つずつ、終わるまでやる) Don’t be nervous. Work calmly, joyously, recklessly on whatever is in hand. (イライラしない。心静かに、喜びを持って、他の何も顧みずに、今している仕事をする) Work according to Program and not according to mood. Stop at the appointed time! (気分ではなく、自分に課した時間表にしたがって仕事をする。時間が来たらやめる!) When you can’t create you can work.…
「前からストレスが強くなってくるとパニック・アタックに襲われるんだけど、こんなにひどかったのは生まれて初めて。昨日の夜と今朝、泣いてしまった」 木曜日のルネッサンスの期末試験の前私に打ち明けてくれたのは私より一年後輩の博士課程をやっている子です。この子は運悪く、ルネッサンスの期末試験のと同じ日に音楽理論のクラスのプレゼンテーションが重なってしまい、皆から同情を買っていた子でした。 「さあ、腹式呼吸をして、背筋を伸ばして!大丈夫、どういう結果でも命には関わらないよ!」 と励ましながら、私はひそかに感謝していました。 この子も私も、今学期受けている授業は二つだけ。 勿論、その上に自分の練習・レッスン・演奏があり、さらにそれぞれ担当のクラスを教えているのですが、(こんなに大変なのは、自分はもしかして効率が良くないんだろうか?理解が遅いんだろうか?今学期がこんなに大変なら、博士課程の最終筆記・口答試験はどうなるんだろう…)と言う自己猜疑と戦いながら勉強する毎日だったのです。この子が打ち明けてくれたおかげで(ああ、皆大変なんだ~~)と言う安心感、連帯感が出来、ちょっとホッとして明るい気持ちでルネッサンスの試験に臨めました。 何しろ、ルネッサンスの授業だけで教科書のほかに平均50ページの学術論文を14,読んだのです! 今、この文章を書くために読んだ論文の数を数えて、改めてびっくり! 凄い!時間がかかるわけです。 さらにその上に、楽譜を勉強し、曲を聞いて、それぞれの作曲家の音楽史に置ける位置と特徴を把握しなければいけません。その上に40ページ近い論文まで提出したのです! 私たちは頑張った!えらかった! 木曜日はそんな訳で、結構大変だったのですが、昨日(金)は良いことが沢山ありました。 まず、教えている「非音楽専攻のための音楽理論」のクラスの期末試験実施。 (難しくしすぎたかな~、皆時間内に終えられるかな~)と心配ですが、自信満々の振りをして配り、「Good luck!」と激励してタイマーを開始します。 皆、物凄く集中してカリカリ鉛筆の音を鳴らしています。私は自分のルネッサンスのまだ残っている色々を片付けながら、今学期のもろもろを思い出して感慨深い思いで居ました。(この子たちは私の一学期の授業の何を一番覚えているんだろう。何か一つで良いから、音楽をもっと好きになるきっかけが与えられたら本望だな~)と思っていたら、一人、又一人と終わった順に生徒が試験を私に渡しに来ます。 「今学期、ありがとうございました。」と言ってくれる子。 他の生徒を気遣って静かにスマイルをしてくれる子。色々でしたが、最後まで粘って「もう時間だよ~」と言ってもまだ鉛筆を話さなかったA君は試験を渡したあと、もじもじとして中々去りません。「どうかしたかな?」と言ったら、「このクラスは、僕の一番好きなクラスでした、凄く楽しかったです。ありがとうございました。来年もこの続きの音楽理論IIを取るけれど、本当はあなたが教授だったら良かった。(私は来学期もう一度音楽理論Iを教えるのです)」と言ってくれたのです!嬉しい! そして、本当はまだ色々勉強する必要があるのですが、昨日は午後いっぱい練習してしまいました。ちょっとだけのつもりが、やめられないくらい楽しく、気持ちよかったのです。 さらに昨日の夜は学校のオーケストラのコンサートがありました。私は今までは指揮を勉強していたこともあって、オーケストラのコンサートは勿論、リハーサルにもしょっちゅう顔を出していたのですが、今学期はそんな余裕が全く無く、コンサート自体も沢山欠席してしまったくらいで、昨夜のコンサートは久しぶりだったのです。去年修士を得て卒業した作曲家の曲の初演があり、ストラヴィンスキーのDivertimento、そして休憩の後はチャイコフスキーの交響曲5番、と言う演目です。特にチャイコフスキーは去年自分も指揮のために勉強した曲でしたし、楽しみにしていたのですが、想像以上の感動とインスピレーションをもらいました。改めて(ああ、今自分がこんなに勉強しているのは、このためだった)、と勇気をもらうような気持ちでした。勉強していると、兎に角課題をこなし、試験に備えるために必死になってしまい、それを自分の音楽人生とつなげることすら忘れがちに成ってしまいます。そう言う時期があっても、それはそれで良いのだと思います。でも、昨日の練習やオケの演奏会で思い出させてもらうと、本当に自分の人生の選択に音楽を選んだことに嬉しい、誇らしい、気持ちになります。 昨日は良い日でした。 さあ、今日も頑張るぞ!