最近のブログでは「正義は勝つ!」のテーマで勇ましい事を色々書いているが、 実は私の日常生活はいたって地味は、はっきり言って隠遁生活である。 ストーカーが怖いから外に出ないのか、と言われればそういう事も多少はあるかもしれないが、 家にこもってやることが山盛りなのも、事実である。 博士論文と練習。 それから教え。 たまに社交。 その合間にまあ、警察や社会福祉の人とミーティングが在ったり、 検事と電話で話しをしたり、 演奏会の安全対策についてメールしたり、そういう事もしているのだが、 はっきり言って大抵の時間は一人で鶴の恩返しのように コンピューターとピアノのキーをカタカタカタカタ。 そんな中、高に乗る人と全く乗らない日がある。 乗らない日はブログに熱がこもり、 論文を「書き」ながら、チャットをしたり、 色々気が散っている。 でも昨日と今日は凄い熱の入りよう! なんでだ…! と、思ってはた!と思いあったたのが、雨である。 ハリケーン・パトリーシアと名付けられた歴史的大型ハリケーンが メキシコ湾を接近。 あちこちで洪水警報が出ていて、昨日の朝から雨が降りっぱなし。 この雨の音が素晴らしいのである。 単調ではない。 激しく叩いたり、流れてみたり、ピッチも色々変わる。 この雨の音が私の集中促進剤なんじゃ…? まあ、締め切りが近い、と言うのもあるのかも知れない。 とりあえず木曜日に書いただけ提出する、と言う約束を 文章校正の図書館のスタッフとしている。 目標の2章終了まで、と言うのはどんどん現実味を失ってきているが、 それでもやっぱり(もしかして頑張れば…)と言う気持ちがどんどん高じる。 私はなんでだろう、出かける直前になると、突然アイディアが進展したり、 面白いアングルで言える文章を思いついたり、 俄然、リサーチが面白くなったりする。 出かける前の30分と言うのは、時間が際限なくある時の10倍くらい捗っている。 それで、(ああああ、もう行かなくちゃ…)と 大変残念な気持ちで家を出て、たいてい遅刻する。 皆、そんなものだろうか? 雨雨フレフレ…(母さんが♪?、もっとフレ♪?)
これ、何してるんだと思います? 昨日の演奏会場は素晴らしいカントリークラブ。 見渡す限りの美しい芝生が広がるゴルフ場を見渡す食堂で 素晴らしいビュッフェのブランチをみんなで頂いた後、 私たちの演奏をお聴きいただくと言う、 ヒューストン日本人会が主催してくださったコンサートです。 でも、パーティー会場に使われる事が多い、 趣のある大部屋に置かれたピアノは、 会場入りしてさっそく弾いてる見ると「ビーン」とか「ビャーン」とか 色々変な音が鳴っています。 これは…何か中に入っているな! 一応どうやってやるかは知っているけれどやったことは無いピアノ解体をしてみました。 そしたら中には色々一杯! クリスマスなどに使う「パパ~ン!」となるクラッカーから出てきたと思われる お星さまや、リボンや、色々。 それからなぜか、ペーパークリップが6個くらい。 つまようじとか、一番びっくりしたのは 調律師が一本ずつ弦を調律するために他の日本が鳴らないように止めるときに使うゴム。 これ等を全部ピアノの中から出してあげたら、ちゃんとピアノの音になりました。 でも、解体は絶対できる自信があったけれど、 自信が無かったのはその後ちゃんと元に戻せるかと言うこと。 皆でジグソーパズルのように色々試して、ちゃんと元に戻ったときはホッとしました。 ピアニストは、その場にあるピアノを弾くのが宿命です。 それぞれのピアノを「共演者」だと思って、 相手の性格やお年や健康を気遣いながら一番良い音楽を創る。 自分の演奏の不出来をピアノのせいにするのは、プロ意識に反する、と私は思っています。 例えば19世紀のピアニストはピアノの状態の良し悪しだけでなく、 まだそのころ発展途上にあったピアノと言う楽器、 しかもそれぞれのメーカーが全く違う構造のピアノと言う楽器を試行錯誤していた時代、 本当に苦労が多かったと思います。 鍵盤の数も、幅も、重さも、ピアノの音質も音量も、ペダルの数も位置も 全く予測の付かない状態で会場入りし、そして演奏しなければいけない。 彼らがそれが出来たのならば、 ちょっとくらい中にお星さまが入ったピアノでもヤマハはヤマハです。 そして一番大事なのは、お客様や共演者との、音楽を通じての交信。 昨日のお客様は本当に身を乗り出すように聞き入ってくださり、 私たちも本当に気持ちよく演奏することが出来ました。 ありがとうございました。 共演者の佐々木麻衣子さんと演奏後にパチリ。 、
今朝、早めに目が覚めたので早めに登校したら 素晴らしい朝焼けのうろこ雲が空一面に広がっていた。 思わず写真を撮ってしまった。 写真を撮ったら更に嬉しくなってしまった。 「愛でる」と言うのはこういう気持ちの事を言うんだな、と思いながら どうやったらこのすがすがしさ、この広大さ、この気持ちよさを捕らえられるだろう、と 色々頑張ってみた。 そうやって気持ちよく始められたから、かな? 今日は練習も、論文執筆も本当にはかどった。 面白くてたまらなかった。 ああ、でもずっとそうだった訳では無い。 集中力を高めるために、私はYouTubeでホワイトノイズを探したりする。 大抵いつも「Nature Sound No Music」で検索する。 今日はこれを試してみた。 そしたら、ものすごい睡魔に襲われ、ついにのびた君状態で机で寝てしまった。 これはいかん! あわてて今度は「Energizing Nature Sound」で検索した。 そしたら引っかかったのが、こちら! これをヘッドフォンで聴きながら(ヘッドフォンでないと効果が無いと書いてある)リサーチしたら何だかすごい楽しくなってきたのである! 怖いくらいだ。 でも、これからはこれでイコッと。
「なんで日本のオペラ歌劇団が日本人の聴衆にドイツ語で歌うのか?」 二期会制作、モーツァルトの「魔笛」を録画鑑賞して家族で観たときの父の素朴な感想である。 …確かに… ただ、それぞれの言語の持つ独特の持ち味や文化背景もあり、 それを踏まえてその言語のために作曲した音楽をそのまま…と言うのがオペラ文化なのだが。 でも、訳して上演されるオペラも、少数派ではあるが、ある事はある。 大抵はこの頃は字幕スーパー付きで、原語で上演される。 が、歌手がそれではイタリア語、ドイツ語、フランス語、 そして他にも主流ではないがロシア語やチェコ語や云々を本当にしゃべれるのか、と言えば 建前上は勉強はしているのだが、もちろん多数の言語の中には得意不得意も出てくるし、 大抵の歌手は発音の勉強は音楽の一環としてやり、意味は大体ワキマエルと言うのが現実らしい。 そして器楽演奏も似た様なものではないか? 要するに、自分のしゃべらない言語で書かれた詩を暗唱するような。 その西洋音楽と言う言語への理解が深まれば深まるほど 詩への理解も深まり、そして簡単になってくるのだが、 それにしてもじゃあなぜ、自分の生まれ育った言語=音楽で自己表現をしないのか。 その問いの悲しい答えの一つは、 21世紀の日本人が日本人として生まれ育った日本特有の音楽が少ないから、と言うこともあると思う。 そして私たちは皆(そしてその中でも特に日本人は)チャレンジが大好きである。 西洋音楽のような複雑な音楽の場合、チャレンジは満載! 日曜日には地域の歌劇団(Opera in the Heights-素晴らしいグループ!)の上演する イタリアオペラ「Pagliacci」を見る幸運に恵まれた。 イタリアオペラの中でも「Verismo(現実主義)」と言われるジャンルを代表する悲劇で 1892年に初演された傑作である。 勿論イタリア語。歌手は全員アメリカ人。 でも、将来への不安と結婚への不満からついしてしまう不倫、嫉妬など 時代や文化、言葉の壁を超えた普遍的な人間テーマで どんどん引き込まれて、本当に舞台の上の人間模様に感動した。 原語でやるもう一つの理由は、 原語の壁を超えた共感 「人間みな兄弟」「音楽は世界の共通語」 と言うことを確認する感動があるからかもしれない。 さかのぼるが土曜日には、ヒューストン日本人会が主催する敬老の日イベント 「敬愛会」に参加し、数曲添えさせていただいた。 その際、出し物の一つとして琉球太鼓のグループのパフォーマンスを見た。 驚いたことに、グループ5人の中で少しでも日本あるいは沖縄の血が入っているとみられたのは一人。 後は全員、明らかに日本人出ない人たちであったのである。 しかも息をつかせない見事なパフォーマンスで物凄い気迫で息もぴったり。 異文化の伝統芸にこれだけ打ち込む外国人。 自分に共通するものを見出して、本当に嬉しくなった。
自分で言うのもなんですが、私はかなりタフだと、自分で思っている。 大抵の事に動じない。 もう少しか弱かった方が可愛げがあるのかな、とたまに思うほどである。 脳天気なほどポジティブで、逆境になればなるほど張り切って行動的になったりする。 そんな私だが、眠れない夜は苦手である。 らしくもなく、ネガティブ思考に走ったりして、そんな自分に驚いて、あたふたしてしまう。 眠れない理由がはっきりしていても。 例えば昨晩は、明らかに時差ぼけ。 疲れているのに眠れない。 眠れないこと自体を心配しているうちに、他の事も心配になってくる。 こうやって書き出すと滑稽だが、楽しいものではない。 そういう時には、楽しいこと、自分が好きな事を考えよう! …と、やっと正午を過ぎて元気を取り戻し始めている。 これを聴きながら、私のFavorite thingsのリストをお読みください。 <iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/0IagRZBvLtw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe> 1.我が愛しの妹。 …生まれたときから大好きだった。誕生日が3年違いの同じ日で、そのせいか双子のように以心伝心できる、と二人で信じて育った。放課後、それぞれのお友達のお家にお呼ばれして、出されたお菓子は必ず半分持って帰って、お家に帰って交換した。家族みんなを和ませてくれる天使のような妹です。 2.家族で食べる朝食 私が子供のころ病気勝ちだったこともあり、我が家の食生活は非常に健康(ありがとう、お母さん)!毎朝、ホームメードのヨーグルトに黒ゴマ黄粉とバナナとブルーベリーとプルーンを入れて、その日の果物と一緒に食べます。毎日同じ朝食だから、準備もルーティーン化されていて、役割分担して手早く準備し、みんなでニュースを見ながら食べます。なんでも無い事だけど、平和を感じます。そして、どんなに熟していてもバナナをきれいに輪切りにして、きれいにヨーグルトの上に並べていく父の職人技も大好きです。 3.熱中する練習。 本当に没頭してできる練習と言うのは、非常な充実感と意欲に満ち溢れ、すごいものである。練習しながら、音楽だけでなく、身体の動かし方、重力や物理、音響、音楽の歴史、音楽の理論、歴史一般、言語と音楽の関係など、自分の拙い知識を総動員して色々な事を超スピードで考えている。そして、音楽に触発されたイメージが続々湧いてきたり、ストーリを思いついたり、突然突拍子もない哲学的な観念を思いついたりする。そういうものがあふれ出てくると、興奮を閉じ込めていられなくなってつい「ウォー」とか「ワ―」とか雄たけびのようなものを上げてしまったり、おいおい泣いてしまったりする。最高である。(が、雄たけびは気を付けないと。真夜中の練習室で雄たけびをあげて、警備員がびっくりして駆けつけてきたことがある。) 4.はっきりとした目的意識 明確な目標がある時、それに向かってイノシシのようにまっしぐらに突進するのは大好きである。例えば急に演奏会のオファーが来た!あと数日までしかないけれど新曲を弾かなければいけない!ぐおーっと練習する。 …今回のストーカーの件で私が怖がったりしなく、みんなをびっくりさせるくらい行動的でいられたのは、彼が他の人の財産を充てにして生きる寄生虫のような確信犯で、過去に色々弱い者いじめの前科があり、どうしても正当化できない悪者だったから、「正義は勝つ!」とグオーっと突進できたのである。警察の人手が足りないとか、法律が完璧でないとか、お役所仕事、とか色々な理由で、逮捕状がでるまでに物凄い時間が経過し、逮捕状が出た今でも、彼がまだ自由の身と言う、本当に不本意な状態で、それも眠れない理由の一つ。でも、私はどう考えても正しい。悪い物を悪いと言うのは、社会人の義務だ!私はまた突進するぞ!グオー。 5.成功した演奏会の思い出。 今回の千葉の演奏会で、自分の流した涙の後が点々と付いたシャツを見せに来てくれた女性。 末期がんの方が家族と一緒に私の演奏会に来てくださった。その方が逝ってしまわれたあと何年も、私の演奏会に遺族の方が毎年いらしてくださっている。 協奏曲の演奏で、言葉の通じないオケの団員と、リハーサルがあまりできなかった急遽ピンチヒッターの指揮者との共演が、みんなの緊張感からびっくりするほど良い物に仕上がった。すごい一体感でそのまま寝てしまうのには忍びず、みんなで歩いて近くの海まで行って大騒ぎをした。 6.次のプロジェクトに対してワクワクする気持ち。 子供のころから、書きたい作文とか物語の一文を思いついたり、曲に対する構想が沸き上がってきたりすると、居ても立っても居られない、そわそわした気持ちになった。今もそう。今楽しみなのは、11月の演奏会。テキサス出身かテキサス在住の存命の作曲家を5人集めて、彼らのピアノ・ソロ曲特集。楽しい曲も、挑戦しがいのある曲も、みんな楽しみ! 7.書く、と言うこと。 ブログとかを書くのも好きなのですが、私の書くと言う行為のルーツはやっぱり鉛筆と紙。昔、就職面接で同じ質問をされた妹が「お姉ちゃんは、生き延びるための必需品はすべてそろっている無人島に一年流されるとしたら、3つ何を持っていく?」と聞かれて『紙と鉛筆と消しゴム』と即答した。音楽関係の物が一つもないのに、自分でも後からびっくりしたが、その時は「書きたい」と言うことしか思っていなかった。それから学術論文をリサーチして書くのも、好き。没頭すると、それこそ「ウォー」と叫びたくなるくらい、楽しくなります。さすがに図書館では叫びませんが。 8.私の素晴らしいお友達たち 私は何度も言うように没頭型なので、一度没頭してしまうと周りが見えなくなってしまう。本に熱中して、駅を何個も乗り過ごしてしまったり、時間を忘れて練習にふけってしまったりもするけれど、周りに居る人々を顧みることを忘れてしまうこともある。小学生のころ、級友に本を隠された。一度本を読み始めると熱中して、授業中でも5分休みでもずっと読みふける。「一緒に遊べなくてつまらない」と言う理由で本を隠されたのである。大人になってからは意識して感謝を表明したり、もう少し大人げある、責任ある行動を取るようにしているが、やはり生来の性格はそういう風なのである。だから自分がどうしてこんなにも素晴らしい友情に恵まれているのか、本当に時々不思議になる。そして本当に感謝している。何十年と言う友人を始め、沢山の友達と、本当に心から語り合える良い関係を持たせてもらっている。私が色々な意味で尊敬できる素晴らしい人々だ。音楽家の方も、そうでない方も、私の常識からは少し外れた人生を面白く見守って、理解して、応援してくれている。そして私が間違っているときはびしっと言ってくれる。いつも、私は同じだけの友情を返せているだろうか、と考えて不安になるが、みんな大好きで、本当に大事である。 9.ランドムな見知らぬ人のやさしさの思い出。 大学一年生になったばかりで、マンハッタンでの一人生活が不安だらけだったころ、暗くなりかかったブロードウェーを歩いていたら、物乞いのホームレスに「Cheer up, it’s Friday!」と声をかけられた。 ある日、なぜそんなに悲しかったのか、泣きたい気持ちでNYの地下鉄に乗り込んだら、私の真向かいに座った男性が仕切りに「笑ってごらん」と言うように笑いかけてきた。一生懸命笑って見せようとしたら、涙がこぼれてしまった。私も恥ずかしかったし、彼もあわてていたのだと思う。次の駅で降りる際、うつむいて泣いている私の肩を「トン、トン、トン!」と物凄く勢いよく、タップして降りて行った。下車までの数分、どうやってコミュニケートして元気づけてくれようかと一生懸命考えてくれていたのに違い無い、と思ったら、ほろりとした。 まだまだありますが、段々元気になってきたし、出かける時間も迫ってきました。 外は快晴!今日も楽しみが一杯待っているぞ! エイ、エイ、オ~!!