演奏

コロナ日記73:ライブ配信の意義、再考察。

霊長類学者の山極寿一教授によると、体重に対する脳の比重は、自分に直接関係ある社会の人数によって増えていくそうで、人間の場合その計算で行くと250人くらいなのだそうです。私は1000人以上の演奏会場になると、スポットライトが眼に入って客席が完全に見えなくなり、ブラックホールに向かって弾いてるような感じになります。興行として成り立たせるのは難しいのですが、理想的には聴衆の方々一人一人と目を合わせられる大きさの会場で演奏したい。これがぎりぎり250人じゃないか…という気がしています。

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コロナ日記63:ライブ配信が無事終了しました。

私はやはり、どうしてもどうしても、自分の考えや音楽をシェアしなきゃいけない運命というか、性分というか、立ち位置というかなんだと思う。今日は久しぶりに場を与えられて、自分の目標とか生き甲斐を再確認できた気持ちがします。

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チャイコフスキーの「四季」

12月の20日と31日に演奏の機会があります。 選曲に思いあぐねて、考え付いたのがこの作曲家。   ピョートル・イリッヒ・チャイコフスキー(1840-1893)。               アメリカでは特に最近、イスラム教・ユダヤ教・無宗教など他宗教文化を重んじて 「メリークリスマス!」ではなく「ハッピーホリデーズ!」と季節の挨拶を交わします。 が、それでも変わらない年末の風物詩はこちら。 「くるみ割り人形」の作曲家チャイコフスキーのピアノ曲は数少ないのですが「四季」と言う曲集が在るんです。 1876年に作曲されたこの作品集。月間音楽雑誌にそれぞれの月に相応しいタイトルと詩の抜粋を編集者が選び、それにチャイコフスキーが曲を付けると言うプロジェクトでした。 年の暮れに弾くと、一年を振り返って色々思い出せて良いかな~。私は抜粋で5か月分を弾きます。 詩がある曲と言うのも弾いていて、想像を刺激されてなかなか楽しいです。 下に、私が弾く抜粋した曲のタイトルと詩を載せます。 オンラインで「チャイコフスキー、四季、詩」と検索すると色々出てきますがばらつきがあるので 私が一番主流の英訳を邦訳してみました。 カッコ内は詩人です。 一月。「暖炉のそばで」 安心と至福の小さな片隅 / 黄昏で着飾る夕刻 / 暖炉では小さな火が虫の息 / ろうそくの灯はもう消えた (プーシキン) 二月。「謝肉祭」 賑やかなお祭り / もりだくさんのご馳走がお出ましになるぞ (ヴャゼムスキー) 六月。「舟歌」 岸に行こう / 波が僕たちの足を / 不思議な悲しみを込めてキスをする / 星が僕たちに光を注ぐ (プレシチェーエフ) 十一月。「トロイカ(ロシアの3頭立ての馬車・馬ぞり)」 寂しいからと言って道を見たり / トロイカの後を追いかけたりしちゃだめだ / 切望を恐れる心なんて圧し潰せ (ネクラソフ) 一二月。「クリスマス週間」 あるクリスマスの夜、少女たちは占った / 靴を脱いで門の外に投げて (ジュコーフスキー) 聴衆の皆さまにそれぞれの思い出にふけっていただこうと企画した演目ですが、練習しながら自分がふけっています。

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わたなべ音楽堂「ベルネザール」大成功!

5月21日(月)は夜19時から、足立区のわたなべ音楽堂「ベルネザール」で「恋するピアノ」。 月曜日の夜...と言うことでお客様の集まりが心配でしたが、幸いご近所の方々、わたなべ音楽堂の渡辺ファミリー、そして私のお友達・音楽同志が集まってくださり、アットホームな素晴らしい会となりました。 一人ひとりの表情を見ながら、対話的に音楽を弾き進めていける会って理想ですよね。興行として成功することを考えなければ、歴史的なサロンはみんなこうだったのですからこの方が良いです。 お客様の息遣いが手に取れる、そしてその感動を次の音、和音、そして自分自身の呼吸に活かせる。 演奏冥利の瞬間です。 ピアノはヤマハ。 ホールは高い天井、柔らかい木材、そして包み込んでくれる暖かい残響が、手造りの教会を想像させる空間。 ウィーンでピアノをお勉強なさったお嬢様のためにお家にあった事務所を改築されて作られた音楽堂。 駅から少し遠いのですが、芸大などが学校の行事などのために使用もする本学的音楽空間です。 http://watanabeongakudo.la.coocan.jp/

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チャリティー演奏会で音楽と社会の接点を再考慮。

東日本大震災の6周年記念だった昨日、ヒューストン日本人会に主催して頂き、ご多忙の中総領事にもお越しいただき、地元のFort Bend Music Centerに会場をご提供頂き、沢山のボランティアの皆さまと6人のゲスト演奏家にご協力頂き、そして思いがけない人数のお客様にご来場いただき、昨晩は本当に盛況な会で盛り上がりました。お陰様で$1,511の寄付金と、東北と熊本への応援の寄せ書き、そして集合写真を現地にお送りすることが出来ます。でも何より会場一体となって東北と熊本の惨事を振り返り、復興状況に思いを馳せ、そして音楽を通じて共感の気持ちを現地に放てたことが、本当に嬉しかったです。 総領事と司会を引き受けてくださった日本人会の副会長が2011年の3月11日を振り返って思い出を語ってくださいました。私も2011年の3月11日をありありと思い出せます。 アメリカ人の尺八奏者の手向けの演奏で、会場はまず音の世界に引き込まれました。佐々木麻衣子さんと私は「音楽は世界の共通語」と言うメッセージを体現した活動をしていきたいと思っています。その為にもアメリカ人のShawnさんが演奏してくれたのは嬉しかったです。 次に私がスライドで東北と熊本の惨事当初を振り返り、その後の復興状況と復興に関わる団体のご紹介をしました。 そしてドビュッシーの「版画」から「Pagodes」の演奏。電気を暗くして「遠い所の遠い人の事を想って聞いてください」とお願いしてから演奏したら、皆さん本当にシン!として聞き入ってくださいました。小さなお子様も多くご来場だったのですが、すごい集中力でした。次のリストのハンガリー狂詩曲では生まれて初めての試みをいたしました。会場の皆さまに『この曲はお客様の参加を想定して書かれています。掛け声や手拍子や演奏中の技に対する拍手など、一般的にはクラシックではタブーとされている事を今回は思いっきりしてください」と頼んで、演奏を始める前にみんなで少し練習したのです。そしたらみんな思いのほか乗ってくださり、くらい付く感じで「どこで何をしよう!」と言う感じでワクワクした雰囲気ですごく盛り上がり、私もうれしかったです。 休憩をはさんで後半は6人の若いゲスト・アーティストのハープ、クラリネット、歌の演奏がありました。その後、麻衣子さんと私でブラームスのピアノとクラリネットのためのソナタの2番を演奏。3楽章からなる、かなり重厚な曲ですが、子供さんも含め皆さん本当に一生懸命聞いてくださいました。 音楽と言うのは共感をもたらすものです。公開演奏会の歴史と同じくらいチャリティー演奏会の歴史が長いのは当たり前だ、と思います。音楽を通じて時空を共感し、そして想像力を触発されて自分以外の人に思いを馳せ、その人達のために宗教や文化や言語や国籍の違いを超越して、一緒に祈るーそういう場を提供する、と言うのが音楽が出来る社会貢献なのだ。 これに気が付かせてくれたのは2011年の東日本大震災を受けてヒューストン日本人コミュニティーやロスの日本人コミュニティー、そして日本で行ったチャリティー活動です。そしてこのチャリティー活動を通じて、私は素晴らしい友情とコミュニティーに恵まれることが出来ました。音楽は人をつなげる、人をつなげなければ、どんなに演奏技術に長けていても音楽では無い、そう思うようになりました。 これからも、こういう活動を続けていきます。    

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