自然や、人々の日常から切り離された「美」とは何だろう?どういう役割を果たせるのだろう?なぜ、美を愛でる事を生活や自然から完全に孤立した建築物の中に押し込め、さらにその美術品を額縁やガラスケースに入れて、その出所から完全に切り離すのだろう?
物質的には豊かでも、愛情・良い親子関係・幼少時の思い出・愛する対象などなどを「持たざる者」は、社会層に関係無く、どこにでもいる。全員、一人一人の中にある。
哲学の教授4人を相手にすごく専門的な19世紀美学の論議に巻き込まれながらスクリャービンやバッハを弾いたり、ホームレスの人々にドビュッシーやシューベルトを弾いたり、凄く寒い小雨を気にせずコンクリートの歩道にべったり座り込んだ何十人という大学生の熱心なまなざしに向けてショパンを弾いたり、満月の下で月光のソナタを弾いて拍手されたりしました。