March 2020

書評:7つの習慣

「7つの習慣(The 7 Habits of Highly Effective People: Powerful Lessons in Personal Change (1989)」 私は原文をオーディオブックで運転しながら一週間にわたって聞きました。 諸事情から、読破後一週間以上経ってからこの書評を書いています。この書評を書くにあたって、復習のために本のページをパラパラとめくっていてびっくり。内容が鮮明に、そして簡単に記憶に蘇ってくるのです。この秘密をまず解き明かそう!そこからこの書評を始めます。 この本の要点は簡潔で普遍的。しかも適切な逸話や例えや説明や類似情報で印象深くなっている。 この本の論点は非常にうまく整理されている。一つの論点が次の論点になぜ発展するのかが自明。本の構築もその自然の結果。 それぞれの論点が主張その物と、それをより深く説明する逸話・たとえ話などとキレイに読み分けることができる。そのため、斜め読みが簡単で、必要情報が見つけやすい。 この本の要点は色々な記事やブログ、ヴィデオなどにまとめられてオンライン公開されている。例えばウィキの記事も上手くまとめていると思う。 ハウツー本を書こうとしている筆者としては、この著者の書き方は凄いお手本。この本を読んで色々教訓を得ました。 文章の美しさではなく、明確なメッセージが大事。 主体は書き手ではなく、読者。 読者がすでに持っている知識や慣れている視点に、新しい情報を繋げて提供する。 要点は色々言い方を変えて何度も繰り返す。 事実としての提言 たとえ話・寓話 感情に訴える個人的、あるいは歴史的逸話 格言 学術的見解・データ この要点と読者個人への関係性と有益性を明確にする。 要点をまとめた覚えやすいキャッチフレーズを何度も繰り返す。 著者の飾らない正直さ。読者と向き合おうとする偽りのない真摯さ。 上の段落で私が最後に挙げた著者の正直さと真摯さについて。「7つの習慣」の著者、コヴィーはこの本を自分の家族の逸話で始めています。出来の悪い息子を著者と妻は叱咤激励します。その過程で夫婦仲は険悪になり、息子は委縮してますます業績が悪くなります。行き詰った著者は、執筆中の本へのリサーチと照らし合わせて気が付きます。両親とも息子に対して社会的常識と自分たちのエゴを押し付け、息子自身ときちんと向き合うことを避けていたのではないか…なぜ息子が他の子たちと成績や成長が違うのか。息子にどう対応すれば息子自身の本領を発揮できるのか。社会のバロメーターから独立した息子個人の良い部分はどういう所なのか…?読んでいて胸が詰まりました。 私は今、乱読をしています。読者は色々な人生の場面で様々なものを求めて読書をする。私もできるだけ色々な形で本を読もう、そして読者が本に何を求めて、何を本からゲットするのかもっとよく分かろうと思っているからです。運転中にオーディオブックを聞き、運動しながらもイヤフォンで聞き、トイレでも、練習の合間にも、就寝前にも、待ち時間にも、雑誌や本や小説や…本当に乱読しています。それで分かってきたことの一つに、「嘘はバレる」と言うのがあります。証拠はないけれど、でもCoveyの息子の話し、そして著者の感情は本物だと思います。訴えかけてくる感動がある。もちろん、本当の話し・気持ちでも、文章力の欠如や言葉の足りなさで読者に伝わらないというケースもあるでしょう。でも逆にどんなに文章力があっても、虚栄心や自己中心的なモチベーションから来る偽りは、本のページから臭う。私はそう思います。 息子への対応を改めるために反省を重ねる過程で、著者は「個性主義」と「人格主義の違いについて考え始めます。 「個性主義」では個人と社会の関係「個性主義」では個人と社会の関係やポジティブ思考と言ったコミュニケーション・スキルを重視します。私が最近書評した「人を動かす(1936)」はそれを形作ったものではないでしょうか?こういうテクニックは目前の問題解決にはなっても根本的には何も解決しない、いわばバンドエイドのような応急処置だと、著者は主張します。 「人格主義」では逆に成功と言うのは人間としてあるべき姿ーすなわち誠意、謙虚、勇気、正義、忍耐、勤勉、節制、黄金律 の自然の結果であるとします。人格の結果ではない成功は普遍的な幸せには結び付かないからです。面白いのは、著者が第一次世界大戦以前の啓発本は「人格主義」が主だった、と言っていることです。例えばベンジャミンフランクリンの自伝をあげています。アルフレッドアドラーの「嫌われる勇気」もここに加えて良いと思います。 さらに著者は人格主義や7つの習慣のゴールは個人としての普遍的な幸福だけではなく、「公的成功」だと主張します。人は依存した状態で生まれてきて、成長の過程に於いてまず独立を目指します。しかし、独立が最終ゴールではない。独立の先に関係者全員に有利な関係を築き上げる関係性を築き上げる能力=「公的成功」が最終ゴール。お互いに有益な関係。それぞれが別々に全力を尽くした結果を重ね合わすよりも、協力して1+1が3以上の結果を生み出す相乗効果のある関係性を築き上げる。これが本当の社会性であり、人間としてのゴールだ、と言うことです。 最後に著者が説明するタイトルの由縁について。 習慣とは何をどうするかと言う①知識と②技術であり、それを③執行する意志力ーこの3つを長期的に掛け合わせることの結果生まれる。いくつもの習慣の掛け合わせが人格を創り上げる。新しい習慣を作るのは根気だけではなく、しばし苦痛を伴う。それは、視点の変換を必要とするからで、視点の変換はそれまでの視点の足りない部分を正直に受け止めることでしかできないからだ。しかし、究極的な目的(公的成功・普遍的な幸福)にいずれ辿り着くために、短絡的な楽を犠牲にすることは、向上には必要なのです。 また原題は”7 Habits of Highly Successful People(成功者の7つの習慣)” ではなく “Effective People(効果的な人間の7つの習慣)”。では「効果性}とは? 効果性 = PとPCのバランス P = […]

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非常時の音楽家の役割

コロナウィルスのニュースで持ち切りですね。休校・イベント中止・株価暴落…そんな中、休校になったミラノの校長が生徒に宛てた手紙がSNSで話題になっています。17世紀にミラノを襲ったペストを描いたマンゾーニの普遍的小説「許嫁」をまず引用して、「集団パニックは、危険性が蔓延していると錯覚を起こし、周りの人間までをも敵対視させる脅威。冷静な平常心と向上心を忘れず、私たちの財産が社会と人間性であるということを念頭に合理的・文明的に物事を判断しましょう」と説いています。 疫病を始めとするさまざまな世界恐慌と音楽の関係は、最古の歴史まで遡ります。自然や病の原因も分からず、なす術もなかった時代、人々は様々な思いで音楽を奏で、声を合わせて歌い、踊ったことでしょう。古文書でその様子を垣間見ることができます。音楽は祈りとしても、恐怖心を忘れる慰みとしても、コミュニティーの結束を強め士気を高める手段としても使われました。そして、科学や医療の発展した今でも、未来や死については無知に甘んじるしかない私たちが、究極的に彼らとどう違うのか…  “Music is a bigger weapon for stopping disorder than anything on earth. (音楽は混乱に対する地上最強の武器だ)“と言ったのは、沈むタイタニック号で最後の瞬間まで演奏を続けたという8人の音楽家のリーダー、ウォレス・ハートリーです。それとはまったくスケールの違う話しですが、停電が何日も続いた時、普段はばらばらの生活をしていた同居人たちが私の弾くピアノの周りに集まってきて、いつの間にかミニコンサートとなった思い出が蘇ります。暗闇の中、ろうそくの明かりで音楽を共に体験して微笑み合った思い出は、私が自分のこれからの音楽人生を考える上で重要なものです。 コロナのニュースが落ち着いても、恐慌はさまざまな形で世界を脅かすことでしょう。私たちの生存本能は常に何かに恐慌を見出すからです。そんな中で音楽家として私たち音楽家が、社会に提供できるものは何か、どのような形で一番効果的に貢献できるのか…試行錯誤が続きます。 この記事はアメリカ西海岸の日本語新聞「日刊サン」に隔週で連載中の「ピアノの道」No. 28として3月5日2020年に発表されました。

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