演奏道中記11.17:演奏は真剣勝負

昨日、とあるコンサートシリーズに出演させて頂きました。会場はステンドグラスが美しい、歴史ある大きな聖堂です。席数も多い。ざっと800くらいでしょうか。

ロサンジェルスに越して来て以来、毎シーズン1,2回出演させて頂いるシリーズです。パンデミックの前は近所の施設がバスを借りてで沢山の高齢者の方々を送迎して下さり、水曜日の正午の演奏会でもかなりの賑わいを見せるシリーズでした。一階席は勿論、二階席までかなり埋まったんです。

コロナ禍では6カ月ほどのお休みを経て、聖堂にカメラを何台も取り付け、動画を配信することで演奏会シリーズは続行していました。私も何度か出演しました。

コロナが明けこのシーズン開けの9月から生演奏が再会されました。「高齢者施設からのバスの送迎はまだないの。それに、やっぱりみんな色々怖いのよね。お客さんは随分減ったのよ...」と、私をひいきにしてくれている事務のAさん。

ピアノはヤマハのセミコン。大きなピアノは、特に低音の弦の響きがやはり違います。そして残響のある会場で大きなピアノで弾くと、共鳴を駆使して練習室では不可能な音楽創りが出来ます。

でも、同時に色々な挑戦もあります。例えばこのピアノは何か月も調律されていない。そして、ハンマーのフェルトがすり減って弦を叩くハンマーが固くなっているピアノです。原色に近いはっきりとした音色は、微妙な音の陰影がつけにくく、奥深さがないのです。

正式な演奏会場ではない場所で弾く、地域に根付いた音楽活動をする、というのは、完璧でない条件で演奏する事に甘んじるという事です。先月書いた例のようにアップライトで弾くこともある。カスカスに軽い鍵盤でコントロールが効きにくく指がどんどん先走りして苦労するピアノもある。鍵盤が重くて指がもつれ、手首も腕も疲れ切ってしまう事もある。会場の音響も、残響がありすぎたり、全く無かったり、マチマチです。

このピアノは鍵盤の重みは平均的で救われます。でも昨日はこのピアノ、低音のいくつかが強く早く打鍵すると「カツッ」と打鍵の音のみ...音が出ません!これはオクターブを足してごまかすしかない!(やるしか無い…)腹をくくります。

聴衆がチラホラ入場を始めます。確かに驚くほど少ない。コロナ前の1割ほどでしょうか。それでも、来る人がいる。「毎回必ず来る常連さんが多いのよ。」事務のAさんの声が蘇ります。(この人たちは何を求めて来ているのだろう。)(私はこの人たちに何と何をシェアできるのだろう。)それぞれの顔を見て、その生活や人生を想像する事が出来る人数です。(欠けている聴衆の大きさではなく、来てくださっている一人一人に集中する。)ゆっくり呼吸を整えて、感謝の気持ちに集中します。夫婦が何組かいます。お友達で来て、開演まで楽しそうにおしゃべりに高じる二人組以外は、みんな静かに目を落としてプログラムを読むか、スマホを観ています。圧倒的に一人でいらしているお客さんが多い。

演奏を始めると、お客さんが付いて来てくれるのが分かります。ハーモニーの変化でお客さんの息遣いが変わったり、曲によってお客さんの拍手のタイミングや調子や長さが変わったりするんです。(そうそう!これだよ~。)これがあるから音楽人生が続けられます。この一体感!この集中!真剣勝負ならではの、自分のありったけを一瞬一瞬に込める充実感。

音楽学生の時は、演奏会場でフルコンで演奏する事を念頭に練習し、教育されます。それは多分竹刀で屋内で稽古する剣道の様なものなのです。でも、真剣勝負の死闘は稽古とは全く別物です。大河ドラマの切り合いが、足場の悪い砂浜だったり、泥が滑る土砂降りの下だったりする様なものです。予測不可なチャレンジに臨機応変に対処して、ベストを尽くさなくてはいけない。ちょっとくらい型が崩れて当たり前です。カッコ悪くても、目的が達成すれば良い。(普段なら絶対しないミスを何度もした演奏だった。)私のエゴは悔しがってぎりぎり歯ぎしりをしています。(私は本当はもっともっと上手に弾ける。)でも、完璧な演奏や、美しい音楽が目的なのではない。本当の目的は音楽時空で会場に一体感を創り上げる事です。

演奏後、何人ものお客さんがピアノまで来て話しかけてくださいます。「君の演奏はパンデミック前にも聴いていたよ。もうCD何枚も買わせてもらったから、今日はまだ買っていないのをもらおうか。」とお財布を出して下さるご老人。「子供の時に弾いたモーツァルト、あなたが弾くと全く別の曲でした!素晴らしかった!」とニコニコして下さる女性。「パンデミック前にここでお聴きして以来、ずっとフォローしています。ピアノバン大冒険は凄かったですね。」と、びっくりさせて下さる小柄なアジア人。みんなニコニコしています。

お客さんが皆お帰りになった後、Aさんが、ギュッとハグしてくれます。「信じられないかも知れないけれど、生演奏再開して以来この秋で最高の入りだったのよ。前回の倍以上の人が来てくれたの。そしてあなたのトークと選曲で、本当に聴衆が喜んでいるのが分かった。まるでパンデミックの前の演奏会みたいだった。」

明日は誕生日です。私は一歩一歩、前進をしています。

2 thoughts on “演奏道中記11.17:演奏は真剣勝負”

  1. Pingback: 美笑日記5.9:演奏前日の覚書 - "Dr. Pianist" 平田真希子 DMA

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