調律師とピアニストの関係について


調律師と言う人種が、私は一般的に好きである。
ピアノと言うのはその西洋音楽の楽器としては飛び抜けて精巧なメカニズムによって成っている。
その製作、修理、そしてメインテナンスを受け持つピアノ技術師(英語ではpiano technician)には
エンジニア、職人、そして伝統芸術家の全ての要素が備わっている人でなければなれないと思う。
しかも修行期間、下積み期間が普通の職業に比べて長い(ピアニストよりは短いかもしれないけど)。
そして割と需要が大きそうなこの職業なのに、ピアノが好きで、音楽が好きで、
儲けを度外視してお仕事してしまい、結局余りお金持ちになれる人が少ない。
そう言うこと全部ひっくるめて、私は調律師一般に共感するし、好感を持つし、友達も多い。
でも実は、少なくとも今日、演奏会場において、技術者と演奏者の接点と言うのはとても少ないのである。
私は演奏会と言うものは共同製作だと思っている。
企画する人、広報の人、当日裏方をしてくれる人、聴衆、そして演奏家。
皆が集まって、音楽を通じて2時間の時空を共感すべく、力を合わせて製作するイベント。
もっと大きく言えばその日の曲の作曲家、ホールの設計をした建築家、音響のデザインをした人、
そして今までこの西洋音楽を今日、私に至るまで継承して来てくれた人たち全ても
間接的にその日、その音楽の共同製作に携わっていると思う。
そんな中で調律師と言うのはピアノの音を整備する、演奏により直接関わっている、
ピアニストにとってはほとんど共演者と言っても良い存在だと思う。
それなのに、技術者と言うのは演奏者が会場入りする前に仕事を終える。
アメリカでは演奏者が会場入りする頃にはとっくに立ち去っている技術者が多い。
日本では技術者が調律を終える頃ピアニストが会場入りして、
10分ほどピアノの確認に立ち在ってもらったりするが、
技術者が演奏会に残って聞いてくれることは例外的だ。
私は「技術者=共演者」と言う意識を持っているので、演奏前に技術者と話す機会が在れば、
そのピアノの音色の由縁、どうしたらホールの音響、このピアノの性格、その日の天候に対応して
より良い音楽を与えられた状況・楽器から引き出せるか意見を求めたり
楽器に不都合な点が在れば改良が可能か、尋ねたりする。
クレームを付けるのとは違って、私にだって個性が在るし、
私がそれぞれの演奏会場やピアノの状況からベストを引き出したいのと同じに、
可能ならば私のベストを引き出せる物をピアノが提供してくれることを望むからだ。
でも、技術者とそう言う対話をするピアニストは、私の友達によると少ないらしい。
自分の専門の「弾く」と言うことに専念する為だろうか?
技術者を絶対的に信頼するからだろうか?
私は皆で関わったほうが面白いし、満足感も大きいと思うのだけれど。
一般的にピアニストは自分の楽器のことを一番よく知らない楽器奏者だと思う。
ピアノが複雑な楽器だ、と言うせいもあるが、そう言う態度が今まで継承されてきた、と思う。
それは一部、ピアノはアマチュアが多く弾く楽器だから、と言うことが無いだろうか?
でも、プロとして、私は自分の音楽をさらに極めるためには、もっと自分の楽器を知ること、
そして自分の楽器を一番良く知っている技術者に助けを求めるのは、必要な様な気がする。
今度、ピアノの調律を習ってみようかなあ、とか考えている。