今、私の身近に居る人で一番世界的評価を受けている音楽家、と言えばライス大学の指揮者、Larry Rachleffと、タングルウッドで作曲を演奏・録音する光栄に恵まれた、Augusta Read Thomasです。Larry Rachleff はアメリカの音楽学校オケとしては一位か二位と言う定評のライスのオケの常任指揮者である他、ロードアイランド交響楽団、シカゴ・オペラ交響楽団の常任指揮を兼任し、さらにロサンジェルス交響楽団やクリ―ヴランドと言ったアメリカで一流とされるオケの客員指揮を務めています。Augusta Read Thomasはまだ40代と言う、比較的若い作曲家だがシカゴ交響楽団のComposer-in-Residence(客員作曲家!? 訳し方が分からない)を1997-2006年まで勤め上げピュリツァー賞の候補に挙がった事も在る作曲家です。
この二人に共通する点について昨日ふと思いつき、愕然としました。
慣れないうちはちょっと違和感を感じるほど、二人とも"Thank you"を連発するのです。
Larry Rachleffの"Thank you"はこう言う感じです。
リハーサル中、木管の音程、弦のアーフタクトのタイミング、と細かい指示が連発されます。Larryは本当に細かく、厳しく、そして他の誰よりも総譜を熟知しています。あまりの注意の多さに皆が少し怖気づいた所で、指揮棒がサッと宙に浮きます。皆が緊張して楽器を構えた所で、Larryはいつも「Thank you」と言いながら指揮を始めます。「Thank you」と言われて一瞬皆の肩の力が抜け、空気がなごむのが毎回聞こえてくる感じです。
Augusta Read Thomas(略してART)のメールはいつもメルヘンチックな藤色の大きなフォントで来ます。「ここの楽譜の表記について質問があるのですが。。。」、「次のリハーサルの時間の件ですが。。。」と言う私のどんなメールに対しても、返信は必ず藤色の「Thank you」で始まります。電話をしてもそうです。こちらからかける電話でも、向こうからかかってくる電話でも開口一番、必ず「thank you」なのです。時には何に対して感謝されているのか分からない程です。
Larry の"Thank you"は精神安定剤なのかな、とこの頃思います。もしかしたらLarryは割と簡単に苛立つ人なのかな、でもその苛立ちの中和剤としてユーモアや"thank you"を利用しているのかな、と思うのです。指揮者がオケに対する独裁者である事が許される時代では在りません。また、ストレスを感じながらだと、リラックスをしている時より一般的な能力や仕事の効率が落ちる事が声だかに言われる時代です。Larryは音楽での妥協はしたくないけれど、でも人間関係、そしてリハーサルの過程における潤滑油として「thank you」を利用しているのでは、と思うのです。
ARTはまだ良くわかりません。彼女は禅などの東洋哲学に凝っている様で(小林一茶が好きなそうです。でも英訳)、そういう事と関係が在るのかも。
わたしにとって英語の一番の謎が「thank you」です。あらゆる局面で連発される「ありがとう」?不可解でもあります。最近ではどうやらそれは謝意ではなく、なにか別の役割を担っているらしい、と思っています。ありがとうはまさに有難しですから、連発すると断然価値が薄れます。そういう意味ではthank youをありがとうと同義とはとらえ難いです。文化の違いと言えばそれまでですが、言葉が違えば色まで変わるものですからね。
>abbros.kawashimaさん
Thankは動詞で「感謝する」と言う意味ですから、I thank youを略してのthank you「あなたに感謝します」と、日本語の「有難い」とは全く別物ですよね。日常の言い回しは、時として意味を忘れて独り歩きしがちですが、でもこの二人は何だかはっきりと意味を熟知した上で連発している気がします。私もちょっと真似してみようかなあ、と思っています。
マキコ