指揮、その他の勉強


私は学生時代から、演奏活動に恵まれて来ました。
こじんまりしたホテルで毎週開かれる45分のコンサート・シリーズで定期的に独奏会をさせてもらったり、豪華客船に「ゲスト・アーティスト」の名目で乗り込んで週に1・2回のトークを交えた気楽な演奏会で演奏したり、と言うところから始め、だんだんコンサートの規模に比例してプレッシャーも増してきた頃、自分の音楽に対する理解、姿勢がどれほど浅はかか、身にしみて思い知るようになりました。 
指を器用に動かして、上辺の感情を装うだけなら、訓練さえすればサルにだって出来るのではないか。 しかし曲の中で一瞬一瞬のハーモニー、一つ一つの音の意味、不可避さ、そして時代背景、作曲家の生い立ちからその瞬間の心情・思想まで反映したそれぞれの曲、歴史の流れの中で生まれるべくして生まれてきたそれぞれの作風、スタイルを知的、精神的に身に着けなければ、自分の使う言葉の定義を知らずに喋り続ける子供と同じではないか。
勉強したい、と言う焦燥感を抱きつつ、色々な事情から演奏活動を続けることを選ばざるをえなかった5年を経て、私は今やっと学校でもう一度勉強をしなおす時間と場を得て、最高に嬉しい、拠り所を見つけた気分です。 
勿論本当の意味で全てを理解しようと思ったら、例えばリズムの勉強には生態、物理、などの勉強まで必要になってくるし、音響学、心理学さらに医学の知識にだって演奏に直接かかわってくる事は沢山あります。 本当は勉強なんて結局自分でやるものだし、そして結論を出す段階―例えば実際の演奏―においては最終的に、自分の経験と感覚を頼るしかない、と言うことを承知しています。 でもその上でなお、体系だった勉強を出来る環境に居る事は私にとって本当に貴重なのです。
そんな訳で私は今、必修ではないのだけれどコルバーン(Colburn)で音楽史と倫理のクラスを聴講しているほか、10月半ばから指揮の勉強も始めました。 
子供の頃斉藤記念オーケストラを指揮する小沢征治さんのドキュメンタリーを見て、指揮をしたいと思った事はあるけれど、今指揮を勉強しているのは実際将来指揮をしようと言うよりは、ピアノを演奏する上でより広い視点、経験が欲しかったからです。
さらに、音楽を肉体的に表現する、という事にも興味がありました。私の指は訓練の為多少不自然な動きでもこなしてしまうのです。 しかし、不自然な動きで弾いた結果は、不自然に聴こえる事が多く、これを、例えば私にとっては新鮮な「腕を振り回す」と言う事で、改めて何が自然に音楽的で何がそうじゃないか確かめてみたかった。
さらに、指揮と言うのは音楽を先読みして皆に指示を出す役割ですから、演奏しながら自分の音を聞いて確認する事に慣れきっている自分をもう一度次に来る事を予期して常に準備をする、と言う姿勢を確認してみたかった。
そんな訳で、指揮を始めました。来学期の終わり、リハーサルだけで、ですけど、学校のオーケストラで、ベートーヴェンの7番を振らして貰う約束になっています。 一楽章だけですけど。