ジレンマ


10歳の時に一か月入院をした。
肝臓だったので自覚症状はほぼ全く無かったが、実は結構悪かったらしい。
私はお気楽な物でトイレまでスキップして
寝たきりの子の付き添いのお母さんに「あんたはきっと誤診だよ」と
あきられたり、うらやましがられたりしたのを覚えているが、
血液検査の数値とかはお医者さんがびっくりするくらい悪かったみたいだ。
でも、私自身はお気楽な物だった。
だって小児病棟は10時と3時におやつがでるし、
おやつに時たま出る手作りのプリンは本当に美味だったし。
母は隔日の面会日に持ちきれないほど図書館から本を借りてきてくれて、
私はそれを読みふけったり、
同部屋の子たちと手をつないで輪になって
「サウンド・オブ・ミュージック」歌いながら踊ったり
(これは看護婦さんに「病院ですよ!下の患者さんが頭がガンガンするって…」と怒られた)
隣のベッドの腎臓病のかおるちゃんと違って私は食事制限もなかったし
(かおるちゃんのは無塩食でちょっとかわいそうだった)
(最高だ)、と思っていた。
同室にななちゃんと言う赤ちゃんが居た。
先天性股関節脱臼だったのかな?
両足をベッドの上でつるされていつも上向きに寝た状態だったのだけれど
ニコニコして愛想が良くて、本当に可愛い赤ちゃんだった。
10か月くらいだったと思う。
私と、仲良しになったかおるちゃん二人で一生懸命ナナちゃんの世話を見た。
あやしたり、一緒に遊んだり、おむつとかナースステーションに報告したり、
使命感を持って一生懸命時間を共にした。
自分もそうやっていると楽しかったし。
そしたら叱られちゃった
「自分の療養をもっと大切にしなさい、安静にしなさい」って。
でも、実は私にはナナちゃんをお世話することが大切だったんだ。
入院は、自覚的には楽しかったけれど、やっぱり不安だったんだと思う。
その証拠に、一度予定されていた退院日が、
その日の確認のための血液検査の結果が悪くて延期になったとき
「ギャオ~ン」とベッドでバタバタ足を蹴りながら大泣きしたのを覚えている。
ナナちゃんをお世話してナナちゃんにニコニコ喜んでもらえると、
「私は入院中に使命がある、いや、この子供部屋に入院したのは運命だったんだ!」と
何だか、自分の入院に意義感が持てたのだ、きっと。
今回のストーカーの件、
「わざわざ危険を買って出なくても」と心配してくださる方もある。
私も「確かに」と思うときもある。
でも、私は元・婚約者が実は凄い悪かったことが発覚して、
やっぱりちょっとは落ち込んでいるんだと思う。
そして、「これは運命だ!」と悪者退治の行為に走ることが
私の落ち込み対処なんだ、とも思う。
私は役に立ちたい。
社会や周りの人の幸せに貢献できた、と正直に思えることは喜びだ。
でも、被害者の立場になってしまって迷惑を一杯かけちゃっている。
心配もかけちゃっている。
それに見合うくらいの貢献をしなければ、と
「悪者退治」の道に走って行ってしまっているのかも。
しかし、それが逆に余計心配をかけることになっていたら…
ジレンマ。