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段々、回復しつつあるのを感じる。 論文書かなきゃとか、練習しなきゃ、とか思いつつ 何時間もYoutubeで映画の予告編を続けてみてしまった晩などは 本当に自己嫌悪なのだが、 そう言う時間もきっと必要としていたんだ、と自分に優しく、 前向きに、さあこれからはどうやったらもっと頑張って自分を好きになれるかな? と、自分を励ます。 有効なのは、楽しい外出。 友達と外で食事したり、 この前は公園でシェークスピアの「ヘンリー4世」の無料野外公演をやっていたので 友達と行った。 演劇自体は製作が良くなかったのか、シェークスピアにも駄作があるのか、イマイチだったが、 外の風はとても気持ちよかったし、 行きと帰りに思いがけずとても会話が弾んで、楽しかった。 もう一つ有効なのは、運動! 学校のジムで運動するぞ~!と張り切っていたら、 まだ秋学期の期間が来週まで始まらないと知って、がっかり。 でも、越してきた団地にジムがある。 あんまり機械とかは揃っていないけれど、 論文が進まずむしゃくしゃしていた時、 冷やかしのつもりで文献と鉛筆を持って覗きに行って、 マシーンでガシャガシャ心拍数を上げてきた。 爽快! そしてなぜか文献を読むのも非常にはかどりました。 病み付きになって、以来日課。 何しろ、階段下りてすぐのところにあるので、 読む文献が溜まってきたら下に行ってガシャガシャやりながら読んでます。 今朝は筋肉もりもりのお兄さんの筋トレに遭遇。 赤ちゃんが生まれるかと思うほどの力み方でした。 でも、気にしないで私もガシャガシャやりました。 さらに、食べ過ぎないこと。 時差がある時は食欲が非常事態。 全然食欲が無かったり、逆に夜中に空腹で目が覚めたりします。 今回は食欲が無い方でした。 自分でも信じられないほど、 普段食いしん坊の私の食生活が簡単な物になり、 でも結構調子が良い。 この頃は『良いものを少し』をモットーに食べています。 無農薬、無添加で健康な食材は害して値段が張るけれど、 その分量を食べなければ良い! 痩せてきたのも、楽しみです。 どこまでいけるかな~。
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日本で食べたイチジクが大変美味しかったので、 昨日、こちらでもBlack Fig(黒イチジク)なるモノを買ってみたら、 「美味しい、美味しい」と一緒に食べた日本の家族に申し訳ないくらい、 さらに美味しかった! びっくり。 家族で毎日寝食を共にしていた生活から一転。 新アパートのルームメートは旅行中で、ずっと一人の時間が続く。 入居の作業や転居に伴う手続きの数々、 新学期の手配や買い物の合間に、 練習や論文のリサーチをやっていて 忙しく、結構楽しく過ごしているのだが 毎日ワイワイから急に一人暮らしは、ちょっと不思議な感じ。 悪くない。 でも、不思議。 家族のスケジュールの合間にする練習と、 用事は沢山あるのだが全てが自分本意の生活でする練習とは まったく違う。 両方とも良い点と良くない点があるが、結局は自分次第。 と、前書きはさておいて。 ロビン・ウィリアムズ(63)の自殺はアメリカではかなりの衝撃を持って迎えられている。 天才と言っても良いくらいの才能の持ち主。 アメリカで私の世代の物は皆、 グッドウィル・ハンティングとか、ミセス・ダウトファイヤーとか 彼の映画を観て育っている。 まあ、ちょっと考えてみると彼のコメディーは躁っぽいな~とか、 思い当たる節が無きにしもあらずだけど、 しかし、ショックだった。 でも、比べるのもおこがましいが、私も演技をする一人の人間として その苦しさはちょっと分かるような気がする。 もっとずっと若かった頃、 試行錯誤の一つとして、演劇のクラスを取ったことがあった。 色々学んだが、一番心に残ったのは 先生が話してくれたある有名なシェークスピア俳優の話し。 物凄い成功の舞台のあと、付き人が楽屋で泣いている本人を発見。 「あんな成功の後で、何で泣かれるんですか」と聞くと、 「成功する時に何で成功しているか、自分には全く分からないから もう二度と成功出来ないかも知れない、といつも怖い」 と言って泣きつづけたそうです。 ロビン・ウィリアムズはディズニー映画「アラジン」のジニー役もやっています。 このTwitterが今、Facebookで彼の冥福を祈って、まわされています。 https://twitter.com/TheAcademy/status/498996314395246593/photo/1
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私の博士論文のトピックは「ピアノ演奏に於ける、暗譜の歴史」である。 暗譜演奏を定着させたのは、リストとクララ・シューマンと言う事になっている。 ちなみに、今日のピアノ・リサイタルのフォーマット ―2時間の、休憩を挟んだ独奏― を定着させたのもこの二人、と言われている。 (実際はリストがロンドンで1840年に行ったのが最初と言われている。クララ・シューマンは、リストに着想を得て、1844年に初めて『リサイタル』を行っている。これはこのフォーマットの方がより良いと思った、と言うよりは、それまでの伝統―他の楽器奏者や時には役者や劇団を雇って合間に演じさせる―は手配も大変で出費もかさむから、だったようだ) この二人とこの時代について言及してある、と言う事で 実際には暗譜については一言も触れられていなかったが 読んで見たら、面白かった。 The ritual of music contemplation: An anthropological study of the solo piano recital as cultural performative genre Pedroza, Ludim Rebeca http://search.proquest.com.ezproxy.rice.edu/docview/305478050/abstract/D02ACCDCA0A44617PQ/10?accountid=7064 まず、リサイタルと言うものの意義について問いかけます。 今の世の聴衆にとって、音楽を楽しむ、または知る上で、どれだけ有意義で有効なフォーマットか。 ピアニスト自身は、まるでリサイタルを演奏することがピアニストである証明のように 学生時代はその為に練習を重ねるが、実際の収入をリサイタルで得ることになるピアニストはわずか。 ならなぜ、ピアニストの教育で、リサイタルにこれまでの重点が置かれるのか。 まさに! 次に、リサイタルとは、むしろ儀式ではないか?と、問いかけ、儀式の定義を行います。 主に人類学者Victor Turner(そして補佐的に、人類学者Eric W. Rothenbuhler)の研究を基に、儀式とは二つに区分けられる、とします。 1.アフリカの部落のような小さく、工業革命の影響を受けていないコミュニティーに置ける、全員が参加を義務付けられる儀式。(例えば日本の伝統的なお祭り、教会の祭典、など)。これは、コミュニティーの日常から離れ、また日常の良さを確認して、戻るための役割がある。(Liminolity) 2.工業革命後の、大きな社会に置ける儀式(演劇、舞踏、スポーツイベント、など)-余暇にどの『儀式』に参加するかは、個人のアイデンティティーをつかさどる大きな要素。この『儀式』は日常から距離を隔て、日常や現実の正当性や、現状はどう変化できるか・するべきかと言うアイディアの提示などを行い、革命などに繋がることもある。(Liminoid) そして、では、リサイタルとは1と2のどちらに属すのか? 彼女は歴史を追って、リサイタルは儀式2から儀式1へ移行している、と意見を述べています。 もう一つ、この論文で面白かった点。 リスト対クララ・シューマンで、リサイタルは全く違う役割を果たしていた。 リストは自分の超絶技巧とスター性を見せびらかすために 聴衆を自分だけに集中させる2時間が欲しかった。 しかし、クララ・シューマンは音楽を崇高な物として、「娯楽」から遠ざけようとした。 その違いが選曲にも、演奏法にも、明らかだ、と言うのです。 私は明らかにクララ・シューマン線で今まで来ました。 しかし、最近、私にリスト線の選曲をリクエストする人が出てきているのです。 私はピアノ演奏をスポーツを見るような感じで技巧だけに感嘆して欲しくない、と言う思いから 例えばリストの『ラ・カンバネラ』などの曲を今まで避けてきました。…
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実は日本に帰国する前、それまで住んでいた場所を引き払ってきていた。 今、新しいアパートに入居しつつある。 自分の持ち物を全て整理するのだ。 一つ一つの物を検証してそれぞれ属する場所に区分けしていくのは、 結構満足感の得られる作業である。 長年探していた書類がひょっこり出てきたり、 思いがけない昔の品にしばし思い出に耽ったりする。 荷造りをしている時は何しろ日本での演奏も迫っていたし、 時間も心も余裕が無かった。 心の友のMさんに手伝ってもらって、 機械的にあるもの全てを箱詰めしただけだったけれど、 今回は時間も心の余裕もある。 それにこれから一年は私の博士課程の勉強にとっても 演奏家としての活動に於いても、 さらには教授となるための就職活動に於いても とっても大切な時である。 自分ができるだけ自信を持って気持ちよく生活できるように 家具の配置からこまごまとした物の整理まで 習字の前に墨をするように、 心をおちつけながら きちんとやって置きたい。 そうやってアパートの整理をしていたら 引越し魔ベートーヴェンの事を思い出した。 彼は半年に一度の割合で頻繁にせわしなく引越しをしたそうだ。 家賃を払い忘れた、 近所と騒音のことで喧嘩になった、 治安が心配だった、 などなどの諸説の中には 「掃除するのが面倒だったから引越しした」 なんて説まで… そんなに引越ししてもちゃんと作曲したんだから、偉いよな~。 私も明日はまたきちんと練習します。 そして、論文にもかかります!
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チェックインカウンターのきれいなお姉さんもびっくり! 私も考えれば考えるほど摩訶不思議。 なぜ、日本からヒューストンに行くのに、ヨーロッパ経由で、 しかもそれが一番安いチケットだったの? 何にせよ、ミュンヘンに居ます。 羽田からミュンヘン、ミュンヘンで16時間待機後、ヒューストンへ! ミュンヘンでは空港で寝て、文献や楽譜でも読むかな~と、思っていました。 私にとっても過保護な父も「危ないことはしないほうがいいよ、うん、できれば動かないで、ずっと同じところに座っていな!」と言う意味のことを一生懸命言っていましたし。 でも、着陸直後の機長からの放送で「現地の気温は25度」と聞いて、 そう言えば、ヨーロッパは結構行かせてもらっているけど、 ドイツは2002年以降じゃん、ドイツの空気吸うだけでも違うかも、 音楽家としては、やっぱりこういう見聞のチャンスは逃しちゃだめだよね! と、急遽ミュンヘンにちょっとだけミニ旅行することにしました。 5時30分の着陸後、空港内で変圧器を買ったり、色々してたらもう6時過ぎ。 そしてミュンヘン市内までは電車で48分もかかると判明。 (まあ、いいか、電車の中では文献でも読んでいよう!)と開き直っていたら、 次の駅で私の真向かいに座ったおば様がとっても人懐こそうで、 一生懸命目を合わせてくるのです。 「私はミュンヘンは初めてなのですが、ミュンヘン在住の方ですか」 と声をかけると、 「私は英語が下手なのだけれど、でもミュンヘンに住んで35年になります」 と、一生懸命ミュンヘンの見所について説明してくれました。 ベルリンに住むお孫さんを一週間預かったあと、 親元に送り返すために空港に見送りした帰りだとか。 会話をしていたら48分はあっと言う間に過ぎてしまいました。 そして、ツーリスト・インフォメーションで教えてもらったマリアン・プラッツに到着。 そしたら、おば様も一緒に降りてくるのです。 (乗り換えするのかな~)と思いつつ、一緒に歩いていたら 「夫には1時間遅れて帰ると、さっき電車の中で伝えたので、ご案内させてください」 と、色々な建物や歴史的な場所に案内してくれました。 そのご好意にびっくり! 街角では、タンゴや、音楽学生らしい4人組の四重奏や、アコーディオン2重奏など、 兎に角生の音楽がいたるところで演奏されていて、 しかも人々が立ち止まってちゃんと聞き、そして2ユーロをバンバン上げている! なかでもアコーディオンのデュオは、ヴィヴァルディの四季や バッハのトッカータとフーガのニ短調など、息がぴったりで驚異的でした。 私も4重奏とアコーディオン・デュオに2ユーロずつ上げてきました。 とっても良い思い出になりました。
