試験勉強の作戦!―先輩Lのアドヴァイス

今、一年先輩のLの家から帰ってきたところ。 勿論、一年先輩と言うことは、 今私が準備中の博士課程総合試験を去年受けた、と言うことである。 このLと言う先輩は私がひそかに(こいつは要領が良い!)と見込んでいる人で、 この人の試験勉強経験はきっと私の役に立つ、と言う信念の元、日曜の朝、お邪魔。 そして、行って良かった! 復習のためにここに書き出します。 まず、絶対に作戦は要る、と言うこと。 ① まず、最後の2週間を復習に残し、 どの時代にどれだけ時間を費やすか、大体の計画を立てる。 私の場合、試験は9月の23日。 ちょうど7週間ある。復習までは5週間。 最初の週の半分 (8月5日から8日)―中世。 (ここは音楽史の初期で、特に最初の方は出典の分からない曲が多く、後世への影響も少ない。試験する側が尋ねられる質問にも限りがある。記譜法の発展、中世モテット、トレチェント(イタリア1300年代の特に世俗的音楽の新しい動き)、Ars Nova(フランスの1300年代の特にポリフォニー、特にマショー)に絞り、あとは割愛。 次の一週間半(8月9日から18日)―ルネッサンス  次の5日間(8月19日から23日)-バロック 次の5日間(8月24日から28日)― 古典 次の5日間(8月29日から9月2日)-ロマン派 次の5日間 (9月3日から9月7日)―20世紀と近代 最後一日 (9月8日)書誌学の復習。「ある作曲家について記事を書かねばならないが、グーグルでヒットしない。リサーチの方法を述べよ」「1890年に書かれた記事についてその背景情報を調べたい。リサーチ方法を述べよ」など、書誌学に関する質問が最後に出る。これで落第すると、その他の質問が満点だったとしても、歴史のテストを合格できない。簡単な復習でOKだが、RIPM, RILM, RISM, RILM, Worldcat, Jstor, Grove Music on-line, などの正確な名前、カヴァーされている年代と、文献のタイプ(例えばRIPM=Retrospective Index of Musical Periodicalは1800年から1950年の定期発行出版物で出版された文献のみを扱う、など)の、事実確認が必要。 ここまででやることは以下。 ― この時代に関する専門書を小説を読むように読み流す。 ― 次に一般音楽史の教科書で、上の文献のまとめを読む。 ― 一般音楽史を読みながら、ノートをとるのだが、この時筆記のノートと共に大事な語彙や概念の簡潔にまとめたノートを読んで音声録音をし、この録音を移動中や、食事中などに聞く。 ② 最後の二週間を切ったら、今度は教科書は全部排除し、自分の取ったノートとまとめ本(グラウト編集の音楽史の本の教師用マニュアルは、箇条書きでこれにぴったりだそう)だけに集中し、兎に角暗記。さらに、ここで25日が試験日の音楽理論の勉強を始める。音楽理論の概念の多くは音楽史を勉強している時に必然的に出てくる。これを小まめにその時にちゃんと理解しておけば、音楽理論の勉強はここまで待って、大丈夫。 ③ 勉強中の注意。 - 焦らない。焦って先走りして、きちんと理解・記憶をせずに次の史実に行っても、後で戻って復習する羽目になり、効率が良くないし、大きな歴史の方向性ばかりに頭が行って、かえって圧倒される。 ― 集中するために、耳からも目からも入って来る情報を極度に制限する。勉強する時は必ず耳栓。視界内に勉強道具以外のものが目に入らないように工夫。 ― 三時間、三時間、三時間など、時間を区切って勉強。一日中勉強していると効率がかえって悪い。練習は毎日一、二時間続ける。でも、この練習ははかどらないもの、と決める。練習中に脳みそが勉強していることをプロセスしていて、練習自体は物にならないそう。 ― 不眠は覚悟。きちんと睡眠時間を確保しても、横たわると脳みそが復習モードに入り、中々寝付けないそう。何度も起き上がり、ノートを確認する羽目になるそうだ。 ④ 試験当日。 - 耳栓、ガム(砂糖入り)、水。 - 落ちても(この私が要領が良いと評価する先輩Lは、実は試験の直前・直後に沢山の演奏会を抱えていて、一回目は準備の途中で決意して勉強をギブアップ。落第している)自分の価値は全く変わらないと言う事実を胸に、おおらかな気持ちで試験を受ける。 - 最初に試験全てに目を通し、大体の時間配分を決める。簡単で絶対に得点が取れる質問から着実に答えて行く。

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ヒューストンに帰ってきました。

これから、勉強の日々が始まります。 理想的には、全てのことが理解できるような、深い、深~い勉強をするつもりでした。 こう考えていたのが、まあ5月くらい。 でも、もう背水の陣です。 テストの構築を完全に把握し、それに対応した勉強をします。 まさに試験勉強ですが、しょうがない! 音楽史には、 1.語彙の部分、 2.ショート・エッセー、 3.ロング・エッセー、 4.楽譜を見て、分析し、時代と様式、作曲家を当てる と言う4つのセクションが在ります。 これからはノートを取る時、この4つのカテゴリーでどういう風に質問される可能性があるか、 どのように応えればよいか、と言うことに集中します。 明日は、その質問傾向の数に合わせた数のフォルダーを買いに行きます。 そのフォルダーの中に、ノートをとったものを整理し、 中世・ルネッサンス・バロック・古典・ロマン派・20世紀に区分します。 音楽理論も、ピアノ知識も同じく。 鍵盤楽器の知識一般 1.鍵盤楽器の発祥と発展の歴史、 2.鍵盤奏法の論理の発展 3.ピアノ・レパートリーの発展 音楽理論は 1.語彙 2.4声の作曲(虫食いのように4声のコラール式の曲の音が抜けているのを埋めていく。 その後、その曲の和声分析をする) 3.エッセー;楽譜や、曲の分析の結果(例えばシェンカー式分析のグラフ)などを見て、それについてエッセーを書く。 4.24時間前に渡された楽譜について、分析のエッセーを書く。できるだけ沢山のテクニックを作って色々な方法で分析する。

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げ!後7週間…

パリに行ったり、日本での最後の演奏会の成功にホクホク気を良くしていたら、 ヒューストンから速報! 「明日ヒューストンに帰ったら遊べるのを楽しみにしています」と書いた友達から 「博士課程の総合筆記試験が9月の23、25、27、そしてその翌週が口頭でしょ。 しばらくは会えないもの、と思っています。 去年総合試験受けたL君は11週間、毎日12時間勉強したんだってよ! あなたの試験はもう8週間後に迫っているよね。 パリに行ったり、演奏最後までしっかりやったり…大丈夫?」 と、厳しいお言葉を頂戴して、今ちょっと焦燥感。 私の試験はあと「8週間後」ではなく、実は「7週間後」なのです。 ア~… 23日が音楽史全般。 メソポタミア文明から近代までの一般知識を4時間に渡る筆記試験で試されます。 1.語彙を定義する。 2.エッセー(短い物と、長いものをそれぞれ数本) 3.楽譜を渡され、様式を描写する、その時代と作曲家を当てる 25日が音楽理論 中世以降、近代音楽まで、音楽を分析するノーハウを試験されます。これも筆記で4時間。 1.語彙を定義する 2.2つのエッセーを書く。 3.24日、テストの24時間前に渡された楽譜の分析、自分の分析方法に用いた技術の描写、 27日がピアノ全般知識。 ピアノの起源から、その発展、ピアノ奏法に関する作曲家の著作や理論など。これも筆記で4時間。 4時間と言うと物凄く長い時間に思えますが、 過去にテストを取った人は、及第した人も落第した人も(たくさん落第します) 「時間が足りない。絶対に全部の質問に答えきれない」 と、口を揃えて言います。 さらに恐怖は、これ等の筆記試験は全て鉛筆書きすること。 コンピューターは、カンニングの可能性があるので、使わせてもらえません。 手がもげるほど痛くなるそうです。 だから、鉛筆で速記をする練習もしろ!と、色々な人にアドヴァイスされました。 ああ、私はなんて今までのんきに過ごしてしまったんだ! なんで、もっと勉強しなかったんだ! 昨晩は遅くまで、家族がヴィデオ録画しておいてくれた 「初めてのお使い」三時間スペシャルを見てしまった! そしてこの夏帰国中は段ボール箱一杯分の漫画を読んでしまった! 明日、ヒューストン帰国です。カルガリー経由で21時間の空の旅。 機内で勉強するぞ! 愛の鞭、ありがとうございました。 気を引き締めて頑張らねば。

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「ピアノで奏でる東洋」最終回ー大成功!

演奏会の出来で、文字通り一喜一憂する。 そして今夜は一喜、一輝! 千葉県の美浜文化ホールは小さいホールで収容150席くらいなのですが、 ピアノとホールの愛称が良く、音がきらきら面白いように転がって、 それにパリ訪問をきっかけに次々と重ねた発見が良かったのでしょう、 自分で言うのもなんですが、みなとみらいからは何枚か皮の剥けた演奏となりました。 勿論、パリでの見聞の一つ一つがインスピレーションになったであろうことも忘れてはいけません。 色々な方との出会い、そしてご支援に恵まれて、今日の一輝、一喜。 ありがとうございます。

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背水の陣の練習中の発見!

パリから戻ってきました。 マレーシアのKuala Lumpur 経由で長旅でしたが、そのほとんどを爆睡して過ごしました。 今日は明日の美浜でのリサイタルに向けての練習日です! パジャマも着替えずに練習しています。 それで、そう言うときに起こる発見が又一つ。 私は間違えていた。 日本人、そして東洋人として西洋音楽を専門としていく上で、 「東洋人」と言うのが何なのか、自分のアイデンティティーについて考えたいと思い 組んでみた今年のプログラム、西洋音楽の描く東洋、「ピアノで奏でる東洋」。 でも、人が自分をどう見ているか気にしてみたところで、 「自分」がどういう人間なのか絶対分かりえないのと同じで、 西洋人が歴史上、東洋のイメージをどう発展させてきたか勉強しても、 自分が西洋音楽を専門する上での自分のアイデンティティーはちっとも明確にはなりません。 その代わり分かったのは、 自分のその質疑の元々が結構東洋人としての自分のコンプレックスを反映するものであったこと、 さらに、「東洋」のイメージは結構西洋音楽上、モテモテだった、と言うことです。 もう一つ分かったことがあります。 それは、東洋を描いたフランス印象派の音楽に物語りや感情移入を求めてはいけない、と言うこと。 これ等のレパートリーは『におい』や『味』と似たようなもので、 五感に訴え、曲の中での変化も在りえますが、発展性は無い、禅問答のようなものです。 でも、美しい。 浮世絵に、 その浮世絵が描かれた同じ時代に生きた日本人は色々な物語を見出し、 感情移入したかもしれませんが、 そう言う浮世絵を購入し、それを通じて漠然と東洋を夢見た西洋人には 浮世絵やそう言う東洋のイメージと言うのはむしろ自然現象のような 憧憬の対象でも、感情移入の対象では無かったのではないでしょうか? もともとドビュッシーを始めとする象徴派、印象派の作品は 発展性、物語性、叙情性を目的としていないところが在ります。 まあ、そんなところです。 つらつら。 時差があるから、時間の感覚が狂っています。 もっとずっと練習できると思っていたらもう5時20分! 音だしは9時まで。後ちょっとがんばります!

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