タングルウッド一日目~デジャブー?? 

まだ着いてから一日しか経っていないなんて、信じられない。 もうずっとここに住んでいる気がする。 約100人の研究生たち(オーケストラの楽器+ピアノ+声楽+指揮+作曲)は、 Miss Hall’s School と言う、夏以外は寮付き女子高に住んでいる。 もう何十年も、夏はタングルウッドの研究生たちの住まいとなっていたこの学校は テニスコート、小さな池、体育館、大きな庭、食堂、などすべて完備した、美しい学校だ。 ここはタングルウッド自体からは車で20分ほどのところにあって、 一時間に一本スクールバスの無料送迎がある。 車で来ている研究生も多いので、便乗も可能だ。 タングルウッド自体がこれまた、広々と美しい公園のようなところだ。 遠くに山々が連なり、そのふもとには湖が見える。 タングルウッドの創始者で、指揮者だったクーセヴィツキ―にちなんで 「クーセヴィツキ―・シェッド」と呼ばれるオーケストラコンサート用のテント、 主に室内楽用の「セイジ・オザワ・ホール」、オペラが行われる「シアター」 そして練習室のある「マナー・ハウス」、 楽譜の貸し出しや視聴ができる「コープランド図書館」などが 広々と平がる芝生の中に点在している。 端から端までゆっくり歩くと15分はかかる。 私が高校生の時、母に連れられて妹と3人でバス・ツアーでタングルウッドに聞きに来たことがある。 小沢征司さんの指揮で、ピーター・セルキンがモーツァルトの協奏曲を弾いた。 そのあとで、小沢さんにサインをしてもらったプログラムは、まだ私の財布にとってある。 こうやって今日十何年ぶりかでタングルウッドに、 今度は聴衆の一員ではなく研究生としてキャンパスを歩いていると、 すべてになんだか見覚えがある気がする。 あの日、コンサートの前、少し自由時間があったはずで、 私たちはキャフェで夕飯を食べたのだろうか? ここの芝生を散歩したのだろうか? すべてがなんだか見覚えがあってなつかしい。 私はそのあと家族が日本に戻った後も滞米したが あの頃の母はまだアメリカも2年目くらいで、 ああやって私たち姉妹を連れて遠出をするのは 結構、勇気がいったと思う。 母も頑張ってくれたんだなあ、と思う。 お母さん、ありがとう。

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タングルウッド着

6時半出発で、電車と地下鉄とバスとバスを 大きな二つのスーツケースと楽譜とラップトップ入りのショルダーバッグとポシェットを抱えて 汗をかきながら乗り継いで、乗り継いで、やっと現地入りが3時。 来るバスですでにタングルウッドに向かう作曲家のルー(北京出身)と自己紹介しあい、 指揮者のゲルゲイ(ハンガリア)とプログラム作成手伝いの音楽ジャーナリスト希望のジェイ(アメリカ)、 などとも、楽しく談笑する。 もうすでにウキウキ気分。 そして寮についてからは、思いがけない再会や、学校の友達とハグしあったりで、すっかり楽しくなる。 6時 夕飯(中華と、サラダ・バー) 7時 オリエンテーション (一人のフェローにつき、教授群や講義、生活費などざっと合わせて、$20,000かかるそうだ。それがすべて個人の寄付でまかなわれている。1700人の、史上最高の数の応募者から選ばれたんだから、 心して学ぶ様に、とのお話)。 8時 ピアニスト(全部で11人)のミーティング。 9時 ピアニストと歌手、ご対面。4年前までタングルウッドのピアノは歌手伴奏と、楽器演奏に分かれていたが、 すべてをこなせるピアニスト育成を目標に、歌手の伴奏、室内楽、コレペティ、合奏、ソロ、そしてオーケストラの中の鍵盤楽器、とすべてを含むコースとなった。その中でも歌手との共演は特殊分野と言うことと、タングルウッドの歌のプログラムが重視されていることから、かなり重要。 今日、初めて正式なスケジュールが渡されましたが、なんと私はメンデルスゾーンのトリオ二番を エマニュエル・アックスにコーチングしてもらえる! それから、ドーン・アップショーのレッスンもある! それから、ジェームズ・レヴァインも! ひえ~ヽ(゚◇゚ )ノ

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荷造り中!

汗をかきながら、8・16までのタングルウッド音楽祭へ出発の為、荷造り中です。 只今の時刻は夜の11時22分。 そして、明日の早朝6時半には出発しなければいけない。 なぜ、こうなるかと言うのは、必ずしもすべて私の責任ではない! タングルウッドからは6月に入ってから音楽祭中の演奏する曲の楽譜が送られてきていたのだが、 今日になってまた、歌曲がドサリと送られてきたのだ! ひえ~。 と言うことで、とりあえずちょっとでも目を通しておこうと思っていたら、 夜になってしまったのです。 寝たい。 明日は一旦NYにでて、NYから9時発のバスでタングルウッドまで行きますが、 着くのは2時過ぎになるので、バスの中で寝れるでしょう。

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この頃会った有名人その1.ジョン・アダムズ

ジョン・アダムズは最も頻繁に演奏されるアメリカの存命作曲家と1996年に正式に認められた、 アメリカ西海岸在住の60代の男性である。 冷戦中のニクソン大統領の中国訪問を題材にした「中国のニクソン」、 1985年のパレスティニアのテロリスト・グループの豪華客船ハイジャックと その犠牲となったユダヤ系アメリカ男性、クリングホファー氏を題材とした「クリングホファーの死」、 日本に投下された原爆の開発実験の責任者、オッペンハイマーの 実際の書類や書簡を歌詞に書かれた「ドクターアトミック」など、 政治的な題材なオペラが多くあるほか、 9・11犠牲者鎮魂のため、ニューヨーク・フィルから委嘱されて "On the Transmaigration of Souls"を書いたのも、彼だった。 私は音楽を政治的なメッセージを伝達する手段として使うことを好まない。 音楽には感情を左右する大きな力があると信じているから、 それを、特に近代政治に直接関わりあいのある題材に使うことはかなり危険だと思う。 それでも、彼のインタビューや、講義を聴講する機会を持って 彼が天真爛漫に、本当に無邪気にこういう活動を続けていることは心から信じているし、 そういう人間性善説を信じ切っているような彼の態度を可愛いとも思う。 実際に見た感じも子供をそのまま大人にしたような人だ。 ひょろひょろと背が高くて、目の奥がいつも笑っている。 人の目をまっすぐと見て気持ちがいい声でいつもしゃべる。 コルバーンでの学友が子供のころから彼の指針を仰いでいて、 そんな関係でジョン・アダムズの指揮する演奏会や、初演にはよく券をもらって聴きに行った。 この5月下旬にもロサンジェルス・フィルが彼の最新オペラ「フラワリング・トリー」の演奏会バージョンを取り上げ、 作曲家自身の指揮、と言うことで先ほどの友達と一緒にコンサート前の夕食を近くの路上でかきこんでいたら、 なんと向こうから歩いてくるのは、ジョン・アダムズ!! これから3時間近く指揮をする人間とは思えない気楽さで、にこにこ・ぶらぶら歩いてくる! そして一緒にパスタをかきこんでいる私の友達を見つけ、こちらにトコトコ歩いてきて、 手を差し出してきて「Hi, Ryan! Who is your friend?」と握手している。 私はちゃんと「Hi, I am Makiko」と言ったのに、ミスター・アダムスは自信を持ってなぜか 「Hello, Wendy! It’s very nice to meet you!!」 そして私と握手して、すたすたと実にさわやかに会場に向かって歩いて行ってしまった。 どうやったら真希子がウェンディーに聞こえるのか。 もしかしたら、私は自分が誤解していただけで、私は生まれた時からウェンディーではなかったのか。 そうだ、きっと私は今、真希子と言ったつもりできっとウェンディーと言っていたのだ。 。。。と、思わず思いたくなるような、晴れやかな笑顔だった。 このあと彼は、演奏会前のインタビューで 「ここまで有名になってしまうと、大事な式典の為の委嘱が沢山来る。

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共鳴した言葉、その1

ブログを書き始めようと思った理由の一つは 私は今、心から尊敬できる同僚たちに恵まれていて、 それから結構クラッシック界での有名人に接する機会も多くあり、 こういう人たちのこと、そして言葉を分かち合いたい、記録したい と思ったこともあります。 と、いうことで昨日、私の大学時代からのピアニストの友達が長電話の中で言ったことです。 「本当に愛している対象とは、少し距離をおく努力をすべきだ。」 彼女は特に、好きな曲の好きな箇所、という意味で言ったのですが、 私にはこの言葉はいろいろなことに応用できる言葉だと思い、感じ入りました。 敢えて、音楽や演奏においてのみ、彼女がどういう意味でこれを言ったのか説明すると 例えば、曲の中で自分が特に思い入れの強い箇所でそこだけ感情的に力んでも、 多くの場合自己満足で終わってしまいます。 全体の中でそこだけ不自然に強調されてしまったり また実際、無意識のうち肉体的に力んでしまい、不必要なミスをしてしまったり あるいは歌い回しがくどくなり、自分は思いのたけをぶつけているつもりが 聴衆はちょっとしらけてしまったり。 たとえば役者が舞台で手放しに号泣しても、それは効果的な表現ではない場合が多い。 むしろ感情を押し殺して、セリフをつぶやいた方が観客を泣かせたりする。 同じようなことを私も昔から考えていて、よく演奏中に入り込みそうになる自分に "Do your job, do your job" と言い聞かせることがあります。 私の仕事は感情的になることではなく、音楽を伝達することである。 私は自分の感情に固執せず、ある程度流さなければいけない。 常に全体像を忘れない、という意味でも、この言葉は大事だと思います。 この言葉は、音楽という営みそのものにも当てはまると思います。 私や、私の同僚は、大袈裟でなく、実際に音楽に人生を賭けています。 だから、演奏会で失敗したり、厳しい批評を受けたりすると もう本当に人生が終わったような気持ちになってしまうことがあります。 それから、同じ理由で演奏前、命が危険にさらされているような緊張感も味わったりします。 (これは蛇足ですが、俗に「ステージ・フライト(舞台上での恐怖)」として知られる現象は、 体が命が危ないと誤認するから起こる症状だそうです。 例えば心臓がドキドキするのは、パッと走り出して逃げられるように、とか 手足が冷たくなるのは、体の先端が切れた場合出血が最小限で済むように、等) しかし、実際は「たかが音楽」! そうなのです、私が音をミスしても誰も死にません。 そういう意味では、運転の方がよっぽど怖い! そう腹をくくれば、緊張もせず、最終的にはずっと良い演奏ができたりするのです。 そしてある夜の一演奏で少々失敗しても、音楽の道を歩むという大きな目標を見失わずに ずんずんと次の日からまた前進する図太さを持ち続け、 最終的にはより良い音楽家になれるはず!

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