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このブログ、タングルウッド音楽祭に参加した一年目、2009年の夏から初めて早2年を超えました。 ここに来て、急に不調! ここ2週間ほど、ブログを書いて、「全員に公開」をクリックすると、マッサラになってしまうのです。 そんなわけでしばらくお休みしていました。 いつも読んで下さっている方に「私は、忙しいけど元気ですよ~」とお知らせしたくて気がかりでしたが… 今日、ちょっとテストして見たら成功したので、これだけ書いて公開して見ますね。 それ!
このブログ、タングルウッド音楽祭に参加した一年目、2009年の夏から初めて早2年を超えました。 ここに来て、急に不調! ここ2週間ほど、ブログを書いて、「全員に公開」をクリックすると、マッサラになってしまうのです。 そんなわけでしばらくお休みしていました。 いつも読んで下さっている方に「私は、忙しいけど元気ですよ~」とお知らせしたくて気がかりでしたが… 今日、ちょっとテストして見たら成功したので、これだけ書いて公開して見ますね。 それ!
3連休の週末の初日、一日丸マル学校関連のわせわせとは一時決別して、同じくライス大学音楽家の博士課程にクラリネット演奏で在籍している日本人のマイコさんとヒューストンの Bayou Shuttle tと言う観光サーヴィスのお世話になって、2時間のカヤック漕ぎを体験したのである!約10キロのカヤックの旅である。 12時半集合の公園に着くまでに、日焼け止めを塗りたくり、軍手を購入し、あめやガムなどのおやつと、必需品の水を準備し、子供の頃の遠足のようなわくわくを持って前の晩から二人で準備した。そして、いよいよカヤックがトラックで登場。ツアーガイドさんと協力してカヤックを水辺に下ろしてから『カヤックの漕ぎ方』の5分間の簡単な講義が在り(パドルの持ち方、効率の良い漕ぎ方―足で踏ん張って、腹筋に力を入れ上体に少しひねりを入れる、など)、ライフ・ジャケットが配られ、いよいよ出発である。参加は観光客としてヒューストンを訪れている子供連れの家族や、アベック、そして私たちのような近所からの参加、などさまざまである。 漕ぎ始めるともうヒューストンと言う人口アメリカ第三の大都会に居るのが信じられないほどの安らかさである。車の音も聞こえない。流れは穏やかで、川は浅く、水の流れるかすかな音が実に心地よい。私たちの乗ったカヤックは二人乗りのプラスチック製で大人二人で何とか持ち上げられるほどの重さの長さ4メートルくらいの物だったが、流れに乗れば本当に軽々と漕いだらずんずんと前に進む手ごたえが在る。子供二人のチームでも、大人と変わらないスピードが出る。と、言う事は漕ぐのは力ではないのだ。 川辺は木が生い茂り、何だか優雅な白い鳥が飛んでいたり、魚が飛び跳ねたり、おたまじゃくしが群となって泳いでいたり、アメンボが水の輪をいくつも描いたりしていて、まるでジャングルの奥深く、と言う風に感じられるときもあったが、時々木と木の間に垣間見られる住宅はみんな豪邸!そりゃそうですよね、川辺で川を見下ろす景色があるとすりゃあ、土地の価値も上がりますよね。 まだ小学生の頃、多摩川の近くに住んでいて、日曜日には家族で借りボートを漕ぎに良く行った。水はきれいではなかったはずなのだが、でも妹と力を合わせてボートを漕ぐのはとても楽しかった。カヤックは長いさおの両方にパドルがついていて、それを右、左、右、左、と交互に水に入れて漕ぐ。ボートとはちょっと違うけれど、さおはとても軽くて、漕ぎやすかった。ただし、パドルから垂れる水で下半身はしっかりとぐっしょりぬれてしまった。そしてはじめは信じられないほど軽く感じられたパドルも2時間漕いでいると、段々重くなってしまう。私たちと前後していた10歳くらいの姉弟のチームは、段々漕ぐのが惑うになってきてしまった。特に後ろに座った弟はふてくされた様にパドルを抱え込んで、ガンとして漕がない。聞くと、豆が出来てしまったそう。ガイドさんにバンドエイドをしてもらって、さらにガイドさんの漕ぐカヤックにロープをかけて引っ張ってもらって、やっと元気を取り戻したが、私たちも翌日の筋肉痛を懸念した。 ぐっしょりとぬれそぼれて、でも満面の笑みで帰ってきて、私たちはカレーを作りながら交代でお風呂に使った。私の寮の西洋風呂だが、でも筋肉痛予防のためである。アメリカで、しかも忙しい日常生活を送っていると、お風呂につかる、と言う習慣から本当に遠ざかる。いつも手早くシャワーになってしまうのである。私も寮に引っ越してきてから2週間まだ一度も風呂桶に水を張ったことが無かった。でも、お風呂と言うのはやはり本当にくつろぐ。西洋風呂でも、中々気持ちよいものである。 私はNYが恋しくて恋しくて、ヒューストンの保守的でクリスチャンな価値観を拒絶して去年一年を過ごした。でも、どんな場所でも色々な側面があり、探せば色々楽しい事が在る物である。その土地に不満を持つと言うのは、ある程度は本人の態度の問題も在るのではないか、と反省した。もっともっとヒューストンの好きな部分を探索して見よう、と思った。
テキサス州のヒューストン(NASAがある所です)にあるライス大学の博士課程に在籍して1年になる。 その前はロサンジェルスのコルバーンと言う音楽学校に4年在籍した。 と、言うわけでNYを離れてすでに5年が経過しているのだが、NYはやっぱり私のホームである。 その一つには、16の時に家族が日本に帰国してから私のホスト・ファミリーとなってくれた アメリカ人老夫婦が、今でもマンハッタン郊外に私のピアノと私の部屋をそのままにしておいてくれ、 いつでも本当の子供の様に歓迎してくれるので、休暇や祝日に良くそこに行く、ということがある。 この私のアメリカン・ペアレンツの家に身を寄せている時は、私にとっては緩和の時である。 風呂に雑誌を持ってゆったりつかり、ゆったり練習をし、ゆったり散歩をして、 ゆったり老夫婦と食事を取って、早寝遅起きをする。 しかし、このマンハッタン郊外の家はマンハッタンから電車で40分と言う距離だ。 そしてマンハッタンには私を気軽に泊めてくれる友達が沢山居る。 一度マンハッタンに来ると、今度は旧友や、仕事仲間、先生などと、 食事会や、情報交換、弾きあいっこや、先生にレッスンをして頂いて、 その間に美術館や図書館に行って、今やっている曲、これからやる曲の情報入手や インスピレーションを求めて、今度は大変刺激に満ちた日々を送る。 今、私はマンハッタンでこのブログを書いている。 3日不在にする友達の犬の面倒を見る口実で、彼女の家とピアノを使わせてもらっている。 日曜日の夜から水曜日の夜までで、実に2回のレッスン(Jeffrey Swann,とClaude Frank,各氏)、 1つの演奏会、図書館での用事、そして沢山のお友達や先輩、昔の先生との再会をこなしていて、 本当に楽しい。 さて、今日はクローデ・フランク氏にゴールドベルグを聞いて頂く。 一昨日のジェフリースワンのレッスンの復習をしっかりして、 がんばって練習!
今日、日課となった海水浴から帰ってきたら、前庭に見慣れぬ茶色い物がうずくまっている。 (ウサギかな)と思って音を立てぬよう、抜き足で近寄って見ると 「グワッ」と頭を上げたそれは、鷹だった。 英語でRed-tailed hawk, 日本語でアカオノスリ、と言う。 くちばしが鉤状になっていて、怖い顔と、強そうな太もも、そして赤茶の尻尾を持っている。 一心不乱に、多分その鷹本人に殺された、すでに死んでいるリスを食べている。 高速のまん前に在るお家の前庭だ。 鷹の後ろを轟音を立てて、乗用車やトラックが通り抜けるのに、鷹はびくともしない。 私たちが段々近寄っていってついに2メートル付近まで接近しても、 こちらを時たまぐっとにらみつけることはあっても、飛び立つそぶりも見せず、リスを食べている。 はじめはひそひそ声だった私たちも段々大胆になり、大声で仲間を呼び寄せて見物。 一人が大きなくしゃみをしても、鷹はびくともしない。 約20分、鷹がリスを食べる様子を見ていた。 骨を「バキ!」「グシャ!」と音を立てて折り、それまでも飲み込もうとする。 一度、大きな骨のかたまりにのどを詰まらせ、何度か屈伸してそれは吐き出したが、 それまでその後のみ下してしまった。 肉はちゃんと租借している。 腸はずるずると引きずり出して、ちゃんとポイッと捨ててしまう。 周りの木には、食べ残しを狙っているのか、はたまたスキを狙って獲物を盗もうというのか、 他の鷹や、色々なトリがギャーギャー鳴いている。 尻尾の毛まで抜き出し始めた。 尻尾の何を食べようというのか―軟骨か? あらかた食べつくしたところで、鷹は残りを全部口にくわえて、 尻尾をひらひら口から垂らしながら、飛んでいってしまった。 それを追って悔しげなほかの鷹などが後をついて飛んでいく。 飛び立った後に残ったのは捨てられた腸と、尻尾の毛だけ。 圧巻だった。すごい物を見た。
「エルネオス」と言う月刊誌の「在米日本人のニッポン考」と言う連載が100回を超えるコラムに執筆を頼まれたのは、ロサンジェルスでのチャリティー演奏会が盛況のうちに終わって直後のその会場にてのことです。6月10日に締め切り、ということで6月9日に成田発NY着の予定だった私は、成田空港で出発待ちの時から書き始め、飛行機の中で書きついで、NYで時差で眠れぬ中校正を重ね、提出しました。6月7日に訪れた仙台郊外の岩沼市や、亘理市、磯浜漁港、そして福島県の山本町などで見た光景のこと、そして在外日本人として自分に、そして自分の属する日本人・日系人コミュニティーに今何ができるか、問いかける記事を書きました。 訪れたのはもう早3週間前になりますが、それでもその時すでに地震・そして津波から有に3ヶ月は経っていました。それでも住民がまたそこで元の生活を始められる様になるのは、遠い将来であるように見受けられました。それなのに、海外ではともかく、日本国内でさえも風化がすでに始まっている様に思えます。海外に居て、私が出来ることはまず、風化を防ぐこと、そしてこれから長期感にわたっての支援の必要性と、その理解を求めることだと思います。 ピアノフェストが終わってからNYに一ヶ月ほど滞在します。その期間に友達とまたチャリティーコンサートをやる話があがっています。日赤の義捐金の配布は少しずつ行われているそうです。やはり知名度、組織度、そして歴史においてはずば抜けているNPOですし、外貨で寄付する場合、一番簡単なのが日赤であるようにも見受けられます。今、日赤に対する猜疑心が浸透しているようですが、他に海外から簡単に寄付できる良心的な大規模NPOをご存知の方は、ご一報いただけますでしょうか? 「エルネオス」の発売情報です。 『発売は7月1日(日本時間)です。対象の限られた年間購読誌なので全国の書店で購入できるわけではありません。東京の場合だと丸善の丸の内店、日本橋店、八重洲ブックセンター、ジュンク堂池袋店、リブロの青山店,池袋店、江坂店など十数店舗だけです。なお月初、すなわち今回の場合、7月1日の日経新聞1面下で発売広告が出ます。』
私が執筆した記事の載った雑誌が発売になりました。 Read More »