読書

書評:路上のソリスト

スティーヴロペズ著、入江真佐子翻訳、路上のソリスト(2009) 私は原文で読みました。 スティーブロペズはロサンジェルスタイムズのコラムニストです。取材中に2本しか弦の無いヴァイオリンを奏でるホームレス男性を見つけ、コラムに書きます。反響の大きさに何度もこのホームレス男性ーナサニエルと言う分裂症を患う黒人男性ーについて書いているうちに、二人は友情を培います。そしてこの本が出版され、ついには映画にまでなります。 この本の背景にはアメリカの貧富の差とその結果ともいえるホームレスが大きな社会問題だということがあります。さらに、アメリカで人口2位のロサンジェルスの都市中心部から歩いていける距離にホームレス中心部であるスキッドロウがあり、そこを中心にロサンジェルスのホームレス人口がアメリカの中でも抜きんでていることもあります。ホームレス問題の背景には、退役軍人・精神疾患・不動産の値段高騰・健康保険の不完備など、様々な問題が複雑に絡み合います。2019年LA行政区画内のホームレス人口は5万8千を超え、前年より12~16%の増量となっています。 この本で私が一番感心したのは、著者が複雑な問題を簡略化せずに、正直に向き合おうをしている姿勢です。例えば著者とナサニエルは友情を培っていくのですが、この友情は一筋縄でいくものではもちろんありません。ナサニエルはその精神疾患もあって、普通の会話や論理が通じない事も多く、著者はしばしイラついたり、切れたりします。著者のコネやコラムの反響を利用して、ナサニエルのためにホームレス専用のアパートを優先的に融通してもらってもナサニエルはそこに入りたがりません。。そういう一進一退を繰り返しながら、著者は自分がやっていることの意義や効果について常に自問自答を続けます。まだ幼い子供がいる自分の家族との時間を犠牲にしてやるべきことか?誰のためにやっているのか? 著者の正直さに私が一番感動した場面は24章目にあります。このコラムの反響もあり、行政がホームレス問題に注目を始めます。Midnight Missionと言う有名なホームレスシェルターで開かれたイベントでは、何百万ドルと言う予算を使ったホームレス解決案が発表されます。ニュース報道陣が集まる大きな会場で、著者は色々な人に握手を求められ、コラムの御礼を言われます。その中で一人の参加者が著者を詰問します。「ホームレスを利用していくら儲けているんだ?」著者は怒りに震えながら、自分の怒りの背景にはこの糾弾者の言い分に正当性が在る事を認めざるを得ないからだ、と書きます。自分はナサニエルとの個人的な友情までをもジャーナリストとして売り物にしているのか?売り物にせずにナサニエルについて書くことは可能なのか?自分の利益になろうがなるまいが、ナサニエルの事を書くことで公共やナサニエル自身のために少しでもなるのであれば、自分の書き物の倫理的正当化は可能なのではないのか? 他の書き手も私と同じように悩んでいるんだ…私はこの文章を読んで、胸が詰まると同時に安心もしました。著者の勇気に感謝しています。 原文の副題は ”A Lost Dream, an Unlikely Friendship, and the Redemptive Power of Music(失われた夢、珍しい友情、そして音楽による贖罪)”です。この本で私が気に入らない全てがこの「Redemptive(贖罪)」と言葉に反映できるのではないか。本文で著者は、ナサニエルが無心に音楽を奏で続ける様子を描写しながら、自分よりもこのホームレス音楽家の方が幸せなのではないか、と自問します。社会の常識や価値観や同調圧力に踊らされて、情熱を感じることも無く一生を終える「健常者」よりも、こうして正直に自分の情熱を全うするナサニエルの方が人間的なのではないか…しかし、副題に「贖罪」と言う言葉を入れてしまうことで、こういう答えの出ない問いかけが全て整理整頓されて無くなってしまう。そして残念な事に、この本のハリウッド映画化はさらにこの傾向を助長しています。 この映画の売り上げは制作費用の半分にとどまりました。成功の代償には、すでに受け入れられている視点・物語に、自分の主張をはめ込まざるを得なくなることが在るのかも知れません。でも、そこで生じてしまうウソが、最終的に失敗に繋がってしまう。ロペズが最終的にこの物語で手にした物はなんなのか?この話しはホームレスの実態解明にどれだけ役立ち、実際の問題解決の役にたったのか?

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書評:7つの習慣

「7つの習慣(The 7 Habits of Highly Effective People: Powerful Lessons in Personal Change (1989)」 私は原文をオーディオブックで運転しながら一週間にわたって聞きました。 諸事情から、読破後一週間以上経ってからこの書評を書いています。この書評を書くにあたって、復習のために本のページをパラパラとめくっていてびっくり。内容が鮮明に、そして簡単に記憶に蘇ってくるのです。この秘密をまず解き明かそう!そこからこの書評を始めます。 この本の要点は簡潔で普遍的。しかも適切な逸話や例えや説明や類似情報で印象深くなっている。 この本の論点は非常にうまく整理されている。一つの論点が次の論点になぜ発展するのかが自明。本の構築もその自然の結果。 それぞれの論点が主張その物と、それをより深く説明する逸話・たとえ話などとキレイに読み分けることができる。そのため、斜め読みが簡単で、必要情報が見つけやすい。 この本の要点は色々な記事やブログ、ヴィデオなどにまとめられてオンライン公開されている。例えばウィキの記事も上手くまとめていると思う。 ハウツー本を書こうとしている筆者としては、この著者の書き方は凄いお手本。この本を読んで色々教訓を得ました。 文章の美しさではなく、明確なメッセージが大事。 主体は書き手ではなく、読者。 読者がすでに持っている知識や慣れている視点に、新しい情報を繋げて提供する。 要点は色々言い方を変えて何度も繰り返す。 事実としての提言 たとえ話・寓話 感情に訴える個人的、あるいは歴史的逸話 格言 学術的見解・データ この要点と読者個人への関係性と有益性を明確にする。 要点をまとめた覚えやすいキャッチフレーズを何度も繰り返す。 著者の飾らない正直さ。読者と向き合おうとする偽りのない真摯さ。 上の段落で私が最後に挙げた著者の正直さと真摯さについて。「7つの習慣」の著者、コヴィーはこの本を自分の家族の逸話で始めています。出来の悪い息子を著者と妻は叱咤激励します。その過程で夫婦仲は険悪になり、息子は委縮してますます業績が悪くなります。行き詰った著者は、執筆中の本へのリサーチと照らし合わせて気が付きます。両親とも息子に対して社会的常識と自分たちのエゴを押し付け、息子自身ときちんと向き合うことを避けていたのではないか…なぜ息子が他の子たちと成績や成長が違うのか。息子にどう対応すれば息子自身の本領を発揮できるのか。社会のバロメーターから独立した息子個人の良い部分はどういう所なのか…?読んでいて胸が詰まりました。 私は今、乱読をしています。読者は色々な人生の場面で様々なものを求めて読書をする。私もできるだけ色々な形で本を読もう、そして読者が本に何を求めて、何を本からゲットするのかもっとよく分かろうと思っているからです。運転中にオーディオブックを聞き、運動しながらもイヤフォンで聞き、トイレでも、練習の合間にも、就寝前にも、待ち時間にも、雑誌や本や小説や…本当に乱読しています。それで分かってきたことの一つに、「嘘はバレる」と言うのがあります。証拠はないけれど、でもCoveyの息子の話し、そして著者の感情は本物だと思います。訴えかけてくる感動がある。もちろん、本当の話し・気持ちでも、文章力の欠如や言葉の足りなさで読者に伝わらないというケースもあるでしょう。でも逆にどんなに文章力があっても、虚栄心や自己中心的なモチベーションから来る偽りは、本のページから臭う。私はそう思います。 息子への対応を改めるために反省を重ねる過程で、著者は「個性主義」と「人格主義の違いについて考え始めます。 「個性主義」では個人と社会の関係「個性主義」では個人と社会の関係やポジティブ思考と言ったコミュニケーション・スキルを重視します。私が最近書評した「人を動かす(1936)」はそれを形作ったものではないでしょうか?こういうテクニックは目前の問題解決にはなっても根本的には何も解決しない、いわばバンドエイドのような応急処置だと、著者は主張します。 「人格主義」では逆に成功と言うのは人間としてあるべき姿ーすなわち誠意、謙虚、勇気、正義、忍耐、勤勉、節制、黄金律 の自然の結果であるとします。人格の結果ではない成功は普遍的な幸せには結び付かないからです。面白いのは、著者が第一次世界大戦以前の啓発本は「人格主義」が主だった、と言っていることです。例えばベンジャミンフランクリンの自伝をあげています。アルフレッドアドラーの「嫌われる勇気」もここに加えて良いと思います。 さらに著者は人格主義や7つの習慣のゴールは個人としての普遍的な幸福だけではなく、「公的成功」だと主張します。人は依存した状態で生まれてきて、成長の過程に於いてまず独立を目指します。しかし、独立が最終ゴールではない。独立の先に関係者全員に有利な関係を築き上げる関係性を築き上げる能力=「公的成功」が最終ゴール。お互いに有益な関係。それぞれが別々に全力を尽くした結果を重ね合わすよりも、協力して1+1が3以上の結果を生み出す相乗効果のある関係性を築き上げる。これが本当の社会性であり、人間としてのゴールだ、と言うことです。 最後に著者が説明するタイトルの由縁について。 習慣とは何をどうするかと言う①知識と②技術であり、それを③執行する意志力ーこの3つを長期的に掛け合わせることの結果生まれる。いくつもの習慣の掛け合わせが人格を創り上げる。新しい習慣を作るのは根気だけではなく、しばし苦痛を伴う。それは、視点の変換を必要とするからで、視点の変換はそれまでの視点の足りない部分を正直に受け止めることでしかできないからだ。しかし、究極的な目的(公的成功・普遍的な幸福)にいずれ辿り着くために、短絡的な楽を犠牲にすることは、向上には必要なのです。 また原題は”7 Habits of Highly Successful People(成功者の7つの習慣)” ではなく “Effective People(効果的な人間の7つの習慣)”。では「効果性}とは? 効果性 = PとPCのバランス P =

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書評:「人を動かす」(1936)

デール・カーネギー著「人を動かす」 「How to Win Friends and Influence People(1936)」 by Dale Carnegie 私はこの本を原文(英語)のオーディオブックで聞きました。 この本の存在は多分高校生くらいの時から何となく聞き知っていました。が、今読もうと思った理由はいくつかあります。 自分が「ハウツー本を書こう」と思い今その手の本を読み漁っている。 ニューヨーク公共図書館が創立125周年記念の一環として、創立以来一番貸し出しが多かった本トップ10を発表した際、この本が8位に入っていた。 2011年にタイム誌が発表した影響力のある本トップ100の19位に入っていた。 1936年に書かれたハウツー本が今でも影響力がある、と言うのは凄い。私はハウツー本と言うのは小説や哲学書に比べて普遍性が薄いと思っていました。それが今でも買われ続け、読み続けられているというのは、ちょっと空恐ろしい。 書かれている教訓と言うのは実に基本的な事です。「相手の立場を思いやる」「負けるが勝ち」「聞き上手になる」など万国共通の常識も、「常に笑顔」「相手の名前を連呼する」「どんなに小さな上達でも毎回手放しに誉める」などアメリカに特有な文化的なものもあります。このページで非常に読みやすい形に上手にまとめられています。 そしてこういう教訓を印象付けるために(教訓の一つは「論点を劇的に演出しろ」)ベンジャミン・フランクリンやリンカーンの武勇伝や外交手腕、さらに著者の受講生や友人、家族の逸話などが織り交ざります。 この本は私にとっては好ましいものではありませんでした。「胸糞が悪い」と言ってしまっても良いかも知れません。要するに、どうやって人に対応すれば最終的に自分の目的を達成できるか、と言う本だからです。 しかし、これも最近始めたことなのですが、読書後にその本の背景に関する情報や他の方の書評を読むことで、また新たな視点を得ることが出来ました。 この本は1929年の世界大恐慌の7年後に出版されています。不景気の余波で、この年のアメリカの失業率は16.9%。この本に「危うく首になるところだったがこのテクニックを使ってボスに気に入られた」とか、「このテクニックを使った何々さんは売上高が急上昇した」と言う逸話が多いのは、要するに出版当初の読者は背水の陣でこの本で学んだ教訓を実践していたのです。更にこの本がそういう不景気の中で爆発的に売れた理由、そして今でも売れている理由は、この本が時勢問題に全く触れず、「どんな状況下でもすべては自分次第」と言う視点から論点を展開し続ける、と言う点です。自分が変われば周りも変わる。自分が努力をすれば自分の人生は変わる、と言う論点です。それは他の方の書評を読んで、初めて気が付きました。 ただ懸念されるのは、その後もこの本が読まれ続けたことです。16の時からの私のホームステー先で、今では私の「アメリカの両親」の老夫婦はお父さんが1924年生まれ、お母さんが1935年生まれでした。この二人がこの本を読んだことが在るかどうかは知りませんが、この二人の人への接し方には、明らかにこの本の影響が感じられます。要するにこの本はアメリカの社交文化に多大なる影響を与えていると言って過言ではないと思います。そしてそれが、アメリカ人の愛想よさ、不必要なまでの友好性、表面的な会話などの根源にあるのでは、と思います。 この本はアメリカ文化背景や、アメリカ特有の会話術などを学ぶためには、非常に有効な本だと思います。が、個人的には、次に書評を書く「7つの習慣」の方がより好ましく、素直に読め、学ぶポイントも多かったです。

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書評「心で弾くピアノ:音楽による自己発見」

セイモアバーンスタイン著 出版年:1981 出版社:音楽之友社 (私は原文を読みました) 実体験に基づく教訓をつづった回想録として書いてきていた本の枠組みをもっと直接的なハウツー本にすることに決めてから、お手本になりそうな本を読み漁っている。この本はピアノ奏法に自己考察・倫理・人生観などを投影させるという意味で、私の本の一側面と趣旨を同じくしている。色々参考になった。 著者の文章力には舌を巻く。言葉が的を得ていて無駄が無い。文章にリズムがあり、次へ次へと誘われるように読みやすい。そして本の構築が分かりやすく、理にかなっている。ハウツー本は通常、事実・情報とそれをストーリー化した例が交互にくる形で書かれる。この本はどちらかと言うとストーリーに重点が来ていたが、情報・事実と例との移行がさりげなく、バランスが良い印象を与えた。(実際には、私に言わせると情報がもっとあった方が良かった。) この本で、美しい文章に懐疑的になっている自分を発見した。例えば自分と生徒と関係の発展性について書くとき、美しい文章作成を優先するあまり、事実や信念が脚色されていることは無いか、と思ってしまうのだ。ハウツー本の落とし穴発見!気を付けようと思った。 そう思ってしまったのには他にも理由がある。この本の主張は主に著者の信念・過去の恩師や同業者へのインタビューや会話、そして生徒とのやり取りなどに基づいていて、科学的や史実的な検証は少ない。心理学については少し触れられている(が、ユングの集団心理学など。)し、歴史についても全く言及しないわけではない(古代ギリシャが出てくるが、音楽史はほとんど出てこない)。そして脳に関する言及が2か所ある。が、簡単にグーグル検索したところ、どうやら脳の右左を間違えているようなのだ。更に、著者の主張の裏付けと言う意味でも、読者のためにも、脳の部位の名称や右左は、全く不必要だったのだ。よく考えると、ここで脳の部位の名称が出てきたのは要するに、著者が自分の権威を設立するためだけだったのだ。これはハウツー本の落とし穴その②!! 気を付けよう! 不必要に批判的にこの本を読んでいるのは、私がこの本を書き方教室と捉えているからだ。この本はとても良く書かれていると思うし、著者はこの本を善意を持って書いていると思う。大体ピアノ演奏を啓蒙への道として捉えた本が1980年代に注目を浴びた事実には勇気づけられる。さらに、この著者に関するドキュメンタリーが2015年に注目されている。「シーモアさんと大人のための人生入門」 私もこの本から実際役立つ情報もいくつかゲットした。例えば腕の重みを上手く奏法に取り入れるために、手首の周りに重りをつけて練習するというアイディア。やってみて開眼(7章目)。それから一つの関節(例えば手首)を自由に楽に使うためには他の関節(例えば肘、肩)が固定されていないといけない、と言う事実は言われてみて初めて納得した(5章目)。それから息を意識的に使って感情や感性を高める(4章目)-これは心身心理療法と言う私が初めて知った心理療法から来ていて、やってみて非常に感じ入った。 この本は一日で読み切る必要があり、斜め読みした部分も多いが、翌朝の練習は非常に充実した、発見の多い物だった。こういう本を10代で読めていたら非常に救われたのでは、と思う一方、10代の時には絶対読まなかった類の本だ、とも思う。じゃあ、私のハウツー本を10代に読みたいと思わせるためにはどうすれば良いのか?イメージ戦略?SNSマーケティング? 取り合えずダイエット中。3キロやせた。体脂肪は現在19.5%~20%。やはり痩せるとすっきりする・目が大きくなる。

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書評:習慣の力(2012)

私は原語で読みました。The Power of Habit: Why We Do What We Do in Life and Business by Charles Duhigg (2012), Random House Trade. 最近の読書は、内容もさることながら、ベストセラーの書き方に共通する事は何か、どういう書き方が本やメッセージに力を与えるのか、研究するつもりで読んでいます。この本はニューヨークタイムズやアマゾンのベストセラーに選ばれただけでなく、2012年の Financial Times and McKinsey Business Book of the Year Award にも選ばれています。 この本の主張は簡単に要約する事が出来ます。それはこの本の構築と論点が良くも悪くも簡潔だ、と言うことです。以下にまとめてみましょう。 習慣は無意識。例えば脳の破損により、新しい出来事を記憶する事が全くできなくなった人(側頭葉の内側-Medial Temporal Lobe新しい記憶を時間に基づいて整理するという機能をも持つーを破損すると短期記憶が出来なくなる)にも、繰り返しによって新しい習慣を確立する事は可能です。習慣は全く違う、もっと本能に近い脳の箇所(Basal Ganglia、大脳基底核)に記憶されるからです。2006年に発表された研究によると、私たちが日常的に行う行為の約40%は、習慣に基づいているということです。「研究者によると、脳は常に効率を上げる方法を模索しており、習慣と言うのはその結果である。脳まかせにすると、脳は我々の行動のできるだけ多くを習慣化しようとするだろう。(原文より “Habits, scientists say, emerge because the brain is constantly looking for ways to save effort. Left to

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