読書

厳選の術:『こんまり』書評

近藤麻理恵著の「人生がときめく片付けの魔法」を読んで片付けをするのは2回目。来年以降の自分の将来の希望と目標に正直に向き合うため、年末の大掃除も兼ねて今の私に必要な通過儀礼だと思ってやっています。 まず著書を読み直して驚愕。私も本を執筆中ですし、内容は一度踏まえているので、余計書き方や本当の構成に注目しています。この本はとても良く書かれている。これはこの本自体が素晴らしく整理整頓されているからだと思う。 二年前に読んだ内容がすぐ思い出せる。 言葉と内容の徹底的な整理 目次や太字で内容が一目瞭然。 価値観の改革 物よりスペース 論理より感覚 実用性より『ときめき』(客観より主観) 豪語力: 例えば以下のようなくだり。 「『一度でいいから『完璧』に片づけてしまうことをおすすめします。『完璧』と聞くと、『それは無理です』と身構えてしまう人も多いかもしれませんが、心配はいりません。なぜなら、片づけはしょせん物理的な作業だからです。』自分の言いたいことは100%断言したうえで、アンチに対するフォローをさっと差し入れているのだ。こうして反論を「片づけ」ながら読者を説得させていく腕っぷしの強い文章力」 メッセージが明確 「片付け」=「過去に方を付ける」(P. 4) 人生に必要なもの、更に自分が人生でやるべきことが分かる方法(P. 4) 捨てられない原因:「過去に対する執着」と「未来に対する不安」(P. 238)何を持つかは、まさにどう生きるのかと同じ(P. 238) あくまでも読者のための本。問いかけ。 「片付けをすることで、いったい何を手に入れたいのだと思いますか。」(P. 55) 「『具体的に理想の暮らし』を妄想してみることが重要。」(P. 55) 「なぜそんな暮らしをしたいのか」(P. 58) それでは、私はなぜ今「こんまり」しているのか。片付けをすることで何を手に入れたいのか。 私が手に入れたいのは、明確なヴィジョン。自信を持って発信し続けられる、心からの信念。シェアすることに喜びを感じ続けられる共感ヴァイタリティ―。さらに1+1が2以上の仲間・同志のコミュニティーを育てるサロンを気軽に定期的に催せる家庭。 具体的に理想の暮らし。探しているもの(物・客観性・アイディア・信念・思い出・幸せ・共感・自信・目標)がすぐに見つかる簡潔性。集中しやすいすっきりとした環境と心情と人生状況。優先順位が一目瞭然の生活環境と時間割り。 なぜそんな暮らしがしたいのか。自分の本領を思う存分発揮して、世のため人のために効果的に(独りよがりではなく)奮闘したいから。そして前進を喜び合い、挑戦に共に奮い立ち合う、腹心の友のコミュニティーを培いたいから。 よし、居間に広げた服の数々とこれから向き合ってきます。

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ジェーン・エアを読み終えて

「音楽でチームビルディングとリーダーシップ」をシアトルで終えて深夜近く帰って来た翌日は、ちょっとだけ疲れ気味。それでも「規則正しい生活」を何とか目指して、6時半に起床。野の君と一緒に「ジョギング」と称して5分くらい走っった後、旅の途中のハプニングなどの話題で盛り上がりながらぶらぶら30分ほど散歩。まあ、朝日を浴びて少しだけ運動になったかな。明朝9:22分発の飛行機でヒューストンに行くまでの、出張と出張の間の中日。 野の君出勤の後は、取り合えず早急なメールと昨日のワークショップの一人反省会とブログだけ片付ける。後は洗濯をしながらジェーン・エアを読みふける。ベッドで、ソファで、庭で…場所を変えながら、そして果物やナッツやポップコーンを色々口にほおりこみながら、至福の一日。面白くて面白くて、早く次のページが読みたいのだけれど、旅疲れもあって、睡魔に何度も襲われる。読みながらとろとろ寝て、起きてまた読み進む。時々自分が読んでいるのか、夢を見ているのか分からなくなる瞬間がある。夢の中でもジェーンエアを読み進めていて、(え、まさかこんな展開が…!?)と思ってパッと目が覚めると、どこまでが本当のジェーンエアで、どこまでが私の夢の中のジェーンエアか分からなくなってる。授業中の居眠りでも、こういうのあったな~。 ジェーン・エアを通じて垣間見える1847年の日常生活・会話・文体・世界観の全てに興味が在る。1847年にはショパンもリストもシューマンもブラームスも…要するにピアノ曲の主要な作曲家のほとんどがこの時期に生きていた。私が特に興味を持ったのは、その時間の感覚。19世紀の一日は長く、世界は狭く、刺激が少ない。食事も会話も探求心も満たすために、労働と時間と積極性を要する。その中で、宗教とか、音楽とか、暖かい食事が、どれだけの感動を呼び起こしたか?嫉妬さえ感じる。タイムマシーンでこの時代に帰って、一年間この禁欲状態を経験した後で、ショパンを、ブラームスを聞いてみたい。教会のステンドグラスに見とれてみたい。凍えるような隙間風が吹き込む家の中の暖炉の前で暖かいスープを飲んでみたい。 ジェーンエアを読み終わったのは夕方。気が付いたら窓の外はピンク色の夕焼け。そう言えば明日の夜はヒューストンで演奏!慌てて練習を始める。

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書評:世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

書評:世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?

山口周著「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか?—経営における『アート』と『サイエンス』」(2017) 光文社出版。 私自身が、音楽を使ったチームビルディングやリーダーシップのワークショップをデザインする段階で市場調査を行っています。その時から確かに、近年、企業がアートやアーティストに指針を求めている、と言うことは感じていました。この本が増刷を重ね(2019年一月の段階で16刷目)、数々の賞(HRアワード2018最優秀賞、ビジネス書大賞2018準大賞、など)を受賞していると言う現象そのものも、興味深い。これは私が打ち出した企業向け音楽ワークショップに対する反響にも反映されていると思います。 なぜ、今、経営にアートや美学が求められるのか?この本は80パーセントをこの問いの解析に費やし、残りの20パーセントで、ではエリートはどのように美意識を鍛えられるのか、と言う提言や例を挙げています。 まず、本書のタイトルにあるキーワードを著者がどのように定義しているか、まとめていきましょう。 『エリート』とは、大きな権力を持ち、他者の人生を左右する影響力を持っている人たち(P. 143)です。システムに最適化しているので、様々な便益を与えてくれているシステムを、その便益にかどわかされずに相対化して批判し、修正する力を持っています(P. 183-4)。しかし、達成動機(P. 140)が高いので、生産性や収益などの数字のみを追っていると、コンプライアンス違反などの犯罪のリスクがあります。『美意識』はエリートを犯罪から守り、さらにその影響力を有効活用して、理想的な社会への実現を向けて現状の改善を促す力があります(P. 237)。 『エリート』の影響力を企業などのシステム、さらに社会改善のために役立てるーこの大きな理想を実現するために必要となるのが「人生を評価する自分なりのモノサシ(P. 143) 」、『美意識』です。 本書で著者は「真・善・美」と言うフレーズをよく『美意識』の同義語として用いています。スタイル・エスプリ・教養とも呼べる、要するに「目の前でまかり通っている評価や判断基準を『相対化できる知性』」です。(P. 150-151) そして脳神経学者、アントニオ・ダマシオ博士の「ソマティック・マーカー仮説」を参照し、高度の意思決定の能力は、直観的・感性的なものであり、絵画や音楽を「美しいと感じる」のと同じようなものだ、とします。 副題にある、経営における『アート』と『サイエンス』とは何でしょう? 経営学者ヘンリー・ミンツバークによると、理想的な経営は『アート』と『サイエンス』と『クラフト』のバランスによって達成されます(P.52)。 『サイエンス』は「分析」「論理」「理性」などと言った「言葉にできるもの」です。(P. 14) MBAで学ぶのが『サイエンス』です。 『サイエンス』には3つ問題があります。最大の問題は、サイエンスだけに頼る経営は、人間味に欠けることです。次に、客観的な数字は誰が見ても同じです。MBAの増加で、同じデータ解析の技術が蔓延し、「正解」の希少価値が無くなります。極論で言えば、人工知能に情報解析を任せればよい、と言うことになります。同じ市場・現状を競争企業が一斉に同じ方法でサイエンスすると、どんぐりの背比べになり、コンプライアンス違反しか競争を勝ち抜く方法が無くなってしまう。さらに、現在はVUCA(Volatile, Uncertain, Complex, Ambiguous)で、不透明度の高い時代です。(P. 108-109) VUCAの時代の厳密な因果関係の整理は、要素の変化が絶え間ない世界では無意味なのです。(P. 110) 『クラフト』は「経験」や「伝統」で培われたノーハウです。ここでもVUCAが問題になります。イノベーションを受け入れにくいのです。(P. 53-54) 『アート』は 組織の創造性を後押しし、社会の展望を直観し、ステークホルダーをワクワクさせるようなヴィジョンを生み出します(P. 53) 。 しかし、『アート』にはアカウンタビリティがありません。説明がつかないことが多いのです。サイエンスやクラフトと議論をすると負けてしまいます。さらに、『アート』だけの経営はナルシシズム、「アートのためのアート」に走る危険性があります。そういう弱点のために今まで軽視されがちだったアート。それが現在見直されるべき理由は、アートは「熱いロマン(P. 61)」であり、「ワクワク」だからです。今日、世界中の市場が「自己実現的消費」に向かい、消費と言う行為が自己表現とみなされる中、ブランドに求められるのは、ストーリー性でありファッション(P. 100)、つまり『アート』の要素なのです。東芝はノートパソコンを世界で最初に開発した会社(P. 120)です。しかし、ノートパソコンのデザインと機能はパクられて市場は乗っ取られてしまいました。素晴らしいイノベーションこそ、すぐにリヴァースエンジニアリングでコピーされてしまいます。他者にコピーできないのが、世界観とストーリー性です。アップルが売っているのはイノベーションではなく、世界観とストーリー性、そしてアップル商品の消費者が誇れるイメージとファッションである、と言うのが著者の主張です。(P. 118) 戦後の日本企業では『サイエンス』と『クラフト』が重視され、『アート』は軽視・無視される傾向が強まって来ていました。それでもやって来れたのは戦後から90年代まで、日本は欧米のお尻をまっしぐらに追いかけていればよかったからです。「ヴィジョン」は無くても、「もっと安く、もっと早く」でぐんぐん成長して来ました(P. 90-91)。しかし今、そしてこれから、日本企業は何を指針に進化していけば良いのでしょうか?  この本で提示されているのは、ミンツバーク博士の『アート』が主導し、『サイエンス』と『クラフト』が脇を固める、と言う構図です。(P. 65) Planをアート型人材が描き、Doをクラフト型人材が行い、Checkをサイエンス型人材が行う、と言うモデル(P. 66) 。その為にエリートに『美意識」が必要になる。ブランドイメージやプロダクトデザインを、本物のアーティストに発注するとしても、社運を賭けるアーティストを誰にするのか決めるだけの『美意識』が無くてはいけません。 さて、ここまでは私は著者の論点や、挙げられている例の豊富さ、そしてまとめ方の説得力に小気味よさを感じながら読んでいました。しかし、最終章「どう美意識を鍛えるか」と言う所で、疑問を感じてしまったのです。下心を持って哲学を学んだり、絵画鑑賞をしたり、文学に触れたりして、本当に『美意識』は培えるのか?著者が挙げる「美意識を鍛える手段」の中に音楽を含む舞台芸術が全く無かったから不信感が芽生えたのでは、と言われれば、正直そう言う所もあるかも知れませんが、それだけではありません。 まず、『美意識』は説明ができないもの、サイエンス型人材やクラフト型人材、そして『エリート』ではない凡人には分かり得ないもの、としてしまうと、『美意識』を持ったとされる人の独裁を許容してしまう恐れがある。『美意識』を培うものが特権階級にしかアクセスが無い教育(オックスフォードやケンブリッジなどの教育が挙げられています)や、教養だ、としてしまうと、なおさらです。いくらCheckをサイエンス型人材にやらせても、サイエンスを解釈するのが人間である以上、データを独裁美意識に有利に使う危険性は多いにあると思います。 私は、本物の『真・善・美』や『熱いロマン』や『ワクワク』、つまり著者が言う所の『美意識』は、伝染する、ものだと思っています。それこそダマシオ博士が打ち出す「ソマティック・マーカー」で、教育レヴェルや立場に関係なく、お腹に共鳴するものです。伝染が部署関係なく全ての社員に蔓延して、株主や消費者にも感染する時、その会社のサービスやプロダクトやイメージはいろいろな意味で成功しているのだ、と思います。成功と言うのは儲けだけでない、実感できる意義、幸福感、誇り、などです。そして、それがそのまま『美意識』、ストーリーと世界観では無いでしょうか? そもそも「絶対的な美」と言うのが在りえない以上、一部エリートが持つ「より優れた美的感覚」と言うのは無いのでしょうか?『美意識』と言うのは『蔓延力』、共感を促す力、集団意識へのアクセスではないでしょうか? もう一つこの本に問題を感じるところは「欧米に比べて日本は(日本企業は)劣っている・改革が必要である。」と言う論調です。日本の文化や国民性や現状を論じる時、ルース・ベネディクトの「菊と刀」(1946)を始め、主に欧米人の評価を持って語っています。「偏差値は高いが美意識は低い」と言う論点を強調するために引き合いに出されるオウム真理教に関しては宮内勝典氏の「善悪の彼岸」を参照されていますが、これだって(なぜ日本考察の例がオウム?)と言う感じです。さらに、「日本人は空気に流されやすい。過去の過ちに対する過剰反応が日本企業をサイエンス過多の経営に走らせる」と言う時に引き合いに出されるのは終戦直前の戦艦大和です(P.94-98)。 本当に日本は欧米に劣り、改革が必要なのでしょうか?日本はその非常にユニークな歴史・条件・国民性のため、欧米がお手本にならない、と言うことはあり得るでしょうか?私は歴史上、様々な困難に打ち勝って豊かな文化と歴史を築き上げた日本人について学ぶ度に、その創意工夫や、根強さ、そしてこだわりと言ったものに、触発されます。日本の企業経営やCEOは、確かにグローバル化を目指す中で、他国に学ばなければいけない点はあるでしょう。しかし、論点として、「日本は間違っている、あるいは劣っている」ので改革を目指せと主張するのと「日本のこんな良い点をこういう風に開発・進化させれば、日本のすばらしさはもっとグローバルに広がる」と言う風に主張を展開するのでは、後者の方がより効果的だと思います。(マツダや、無印良品、ユニクロなども、成功例として出てきます。が、GoogleやAppleなどの欧米社と比べて、扱いやページ数が違うのです。) 『美意識』に必要なのは、教養よりも、自信と誇りだと、私は音楽家としての経験を持って言います。もちろん、この自信と誇りは知識と経験に基づいていますが、いくら知識と経験を積んでも、自信と誇りが無ければ『美意識』は打ち出せません。そして残念ながら、日本には自信と誇りの邪魔をするコンプレックスがあります。このコンプレックスには、白人優勢の世界の中で有色人種だと言う事実、さらに極貧の農作国家であった歴史、そして黒船や敗戦のトラウマ、その上ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムの後遺症、など、色々な要因があると思います。日本企業が「サイエンス」と「クラフト」に肩入れしてしまうのは、「美意識」をないがしろにしているからではなく、「美意識」をはっきりと打ち出す自信と誇りを抑圧させる背景があるからではないでしょうか。ここを直視しないで、『美意識』が無いのでルノワールやカラバッジオを鑑賞しろ、プラトンやドストエフスキーを読め、と言われても...「はい、そうですか」と従う人はほとんどいないと思いますし、(なぜヨーロッパの絵画?)(なぜギリシャ哲学?)(なぜロシア文学?)となります。日本人のコンプレックスにさらに追い打ちをかけているだけではありませんか?「日本はフランスと並んで、おそらく世界最高水準の競争力(美意識)を持っている(P.112)」と、山口さん、書いてるじゃない?(最初のチーフ・クリエイティブ・オフィサーとして千利休を挙げられています(P. 72~)し、美意識を鍛えるために詩を読む、と言う所には谷川俊太郎さんの「朝のリレー」が出てきます(P. 244)。が、例外的です。) この本で、私は沢山のアイディアや視点に開眼しました。この本を丸ごと批判するつもりはありません。が、美意識を鍛えるためのあるシステムを提示されたので、著者が警告を発している「システムを無批判に受け入れる」と言う悪を冒さぬため、日本人としての誇りを高く持つ在米30年目の日本人、そして一人のアーティストとして、最後に評論いたしました。

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書評:野村路子著「フリードル先生とテレジンの子どもたち:ナチス収容所に残された4000枚の絵」(2011)

書評:野村路子著「フリードル先生とテレジンの子どもたち:ナチス収容所に残された4000枚の絵」(2011)

音楽家の私にできる社会貢献とは?社会に於ける芸術の役割とは?日本人の私が西洋楽器であるピアノの専門家である歴史的背景、そして意義とは? …模索中です。 (面白い!)と意識に引っかかった一つがバウハウス。産業革命に反発して、合理性よりも人間性や多様性を重視した美学に感銘を受けました。第一次世界大戦後の不安定な政情のドイツで、国籍・宗教・年齢・性別を問わずに沢山の芸術家を招待して一緒に育んだバウハウス。1933年ナチス政権に解散を命じられた後は、バウハウス関係者の多くが世界中に広がり、その思想は後世に多大な影響力を及ぼしました。「フリードル先生(Frederika “Friedl” Dicker-Brandeis (1898 ウィーン – 1944 アウシュヴィッツ) 」もバウハウスで20代の前半勉強し、また教鞭を取りました。 このフリードル先生、1942年にナチスのテレジン強制収容所に送られてしまいます。そしてそこで、強制労働の合間に子供たちに芸術教育を施したのです。アートセラピーと言っても良いかも知れません。収容された15,000人の子供たちの中で戦後生存していたのは100人と言う過酷な状況の中で、実に4000枚以上の絵が残っています。 上の絵の様に状況を記録した絵もあるのですが、多くはもっと幻想的な絵です。 このフリードル先生が1940年、友人宛てに書いた手紙の言葉に、私は共鳴します。「Today only one thing seems important — to rouse the desire towards creative work, to make it a habit, and to teach how to overcome difficulties that are insignificant in comparison with the goal to which you are striving. (今日、大事な事はただ一つに思える ー 創造力を掻き立る事を習慣づけること。そして自分の創造力への精進に比べたら他の困難がくだらなく見えてくるように訓練すること。)」 この本はテレジンの子供たちの創作活動を書き綴る事をライフワークにしていらっしゃる野村路子さんが、生存者の一人のディタ・クラウスさんから聞いた話とご自分で調べられた史実を交互にまとめられた本です。大きな文字の印刷で、難しい漢字にはルビが振ってあり、小学高学年なら十分に読めるでしょう。そしてこの本のメッセージは普遍的な大切なものです。 残されたそれぞれの絵には子供たちの名前が書いてあります。フリードル先生は子供たちに何度も言って聞かせたそうです。「あなたたちには名前が在るのよ。ドイツ兵が、いくら番号で呼ぼうと、お父さんやお母さんが、あなたたちの誕生を心から祝って付けた名前があるの。それを書きましょうね。」(P. 167)

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書評「世界を変えるSTEAM人材:シリコンバレー『デザイン思考』の核心」

(The English translation of this review is here.) タイトルにもある「核心」に徹した、シンプルかつ重要な本。 メッセージ性が明瞭でぐいぐいと引っ張られるように読んでしまう。 創造力=エンパシー(相手を思いやる勇気と能力) STEAM人材=ヒューマニスト・人類主義者。 シリコンバレーのSTEAM人材をモデルに、 今後の日本社会に適した新しい人材像とその養育法を提示する一冊。 産業革命以来、各国が競い合ってきたのがSTEM: Science(科学), Technology(技術), Engineering(工学), Mathematics(数学)。 これらはすべて数量化できる分野。なので前進にも競争にも、拍車がかかる。 ここに新しくArts(芸術)を加えたのがSTEAM. ArtsをSTEMに加える実際的な理由はいろいろ文中に挙げられている。  「対象物の特性をつかみ取る」「意味を昇華させる」「3次元で考える」「体を使って知覚する」など、これまで芸術家が使ってきた技術的なスキルの多くが、STEM領域の学びに有用。 今まで関連性が低いとされてきた複数の領域をつないで、活動や学びを活性化 未完で在ることに対する包容性の高さ Artsがもたらす集中力、記憶力、学習能力、探求心、コミュニケーション能力などの向上。 そして実際にSTEAMを養成するための教育上の試みや具体的な例、さらにSTEAMを活かして活躍している前衛的なSTEAM人材もストーリー性豊かに本書では紹介されている。 STEAM教育現場では、生徒主体の体験ベースの学習:Project Based, Problem Base, Design Thinkingで生徒たちはそれぞれの発見を積み重ねて、個性と自信と知識を育んでいく。 そしてSTEAM人材は「デザイン思考」を駆使して、潜在的なニーズにうまく答えたイノベーターたち。 「デザイン思考」とは「なぜ作るのか(WHY)」「何を作るのか(WHAT)」「どう作るのか(HOW)」を模索するプロセス。それは実際的な製品だけではなく、体験・概念と言った抽象的なモノにも適応される、世にあるすべてを対象にした営み。 既存の枠組みにとらわれずに大胆に発想し、柔軟かつ濃厚なネットワークで 答えの無い問いでも追い続ける、探求に対しての真摯な姿勢を持って 複雑化する世界に対応していく能力を養成するのがSTEAM。 しかし、本書が一番強調しているのは、STEAMとは新しいヒューマニズムだ、と言うことだ。 STEAM人材とはAI時代に、人間性を大切にし、人間性を取り戻そうとする新しいヒューマニスト。 本書からの引用でこの書評を締めくくりたいと思う。 「人間を取り巻く環境が、かつてない大きな変革期を迎えている21世紀。科学技術は日々飛躍的な進歩を続けています。そのような時代に私たちが直面している真の課題は、より新しい商品を開発して競争に勝つことでも、より多くのテクノロジーで世界を満たすことでもありません。真の問題は、この世界を、すべての人間にとって優しい場所にできるかと言うことではないでしょうか。人類にとって本当に役に立つものを作りたい。人間とは何かを問い続けたい。専門性を研鑽し続けながら、それぞれの熱い想いを活動につなげる最先端のSTEAM人材たち。彼らこそ、次世代のポスト情報社会がどう進むべきかの道筋を示す、21世紀を牽引する人材なのです。」 おこがましいようだが、私が音楽でやろうとしていることが如実に記されている。 なんだか鬨の声を上げたくなる。 ヤング吉原麻里子・木島里江共著「世界を変えるSTEAM人材:シリコンバレー『デザイン思考』の核心」朝日新書出版。初版2019年1月30日。

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