音楽人生

今日に至った歴史への感謝

昨日の演奏会は物凄く喜ばれたし、自分自身も意義を感じる会でした。 1829年にウィーンで製造された古楽器で、ソプラノとのリサイタルだったのだけれど(途中でNatural ホルン奏者が三曲参加)、まず会場が凄かった。マンハッタンに現存する最古の建物で、歴史的建築物に指定され、NYCが博物館として管理している1765年の豪邸。マンハッタンの北のハドソン川を望む高台にあって、ジョージ・ワシントンがアメリカ独立戦争の時総司令本部に使っていた建物です。楽器はソプラノ歌手の家族におじいさんの代から伝わって来た物で、おじいさんが別荘を買った際、建物と一緒に買い取ったのですが、その頃にはもう楽器としては使い物にならなくて、ただ単に家具として部屋の隅にずっと置いてあったそうです。この別荘にソプラノは物凄く執着していて、ここで芸術家村のような物を計画して…とか色々夢が在ったらしいんだけど、お家の事情で別荘が売られることになった時、兎に角この楽器だけでも救出しようと、物凄い散財をして運び出し、オランダで修復作業をし、アメリカに空輸して、凄いリサーチをしてこの博物館が時代的にも一番適当と決断、ここに寄贈してこのフォルテピアノでコンサート・シリーズをようやく始めよう!と張り切っている時にこの建物の湿度・温度管理が皆無で、フォルテピアノがまた使い物にならなくなっていることを発見…またもや修復作業。そして、気候が一番安全なこの時期に兎に角一回だけはコンサートをして、その後にもっと湿度・温度管理設備が整っている音楽学校に寄贈することを決定。そのたった一回のコンサートが今回の演奏会だったのです。 古楽器演奏の専門家ではなく、私のような普通のピアニストを起用した理由は、このソプラノ歌手の夢の中に、この楽器で、普段古楽器に触れる機会の少ない普通のピアニストに古楽器演奏の機会を与え、音楽観や視野を広げてもらいたいと言う熱情がもともとあったからです。私は、師事するBrian Connelly氏が古楽器の専門だったこともあり、彼の演奏する古楽器演奏会に聴衆として定期的に参加していますし、参考のために彼の所有する色々な時代の古楽器に触れさせてもらったりもしているのですが、、実際に演奏に向けて練習すると全く気合が違い、今回は本当に開眼の瞬間に多く恵まれました。古楽器と現代のピアノの違いはいわば、普通に喋るのと、演説をするような違いがあります。古楽器の鍵盤は現代の鍵盤の半分ほどの重さしかありません。実際にはもっと軽く感じられ、それまで指をたくさん動かして弾いていたシューベルトやベートーヴェンの速いパッセージやトリルなどは、古楽器では本当に遊んでいるようにより速く、軽やかに、簡単に弾けます。現代のピアノが共鳴に金属盤を使い、スチールのピアノ線で物凄い重量と、圧力がかかっているのに対し、古楽器では全ての部分が木で作られていて、音量はずっと小さい物の、暖かい、無理の無い音がします。でも、音量は相対的なものなのですね。始めは「小さい音だな、可愛らしいな」と言う印象を持つ古楽器の音色が、一度その音世界に入り込むと、その音量と音色の微妙な差の味が味わえるようになってきます。一番びっくりしたのは、低音の魅力。例えばベートーヴェンの月光のソナタのベースなど、古楽器で弾くと本当に打ち震えるように響くのです。とても劇的な効果です。もう一つ古楽器で探求して本当に楽しかったのは「モデレーター・ペダル」と呼ばれるペダルです。このペダルを踏むと、弦とハンマーの間に布が差し込まれ、全く新しい楽器のように音色がガラッと変わります。ハープシコードか、ルートのような音色ですが、音はずっと長く響かせられるし、強弱の幅も広い。ハンマークラヴィアのゆっくりな3楽章にこのペダルの使用が指示されていたので、このペダルの存在は知っていましたが、実際にこの楽章をこのペダルを使用して弾いてみると、これは驚異の効果!現代のピアノでは絶対分かりません。 しかし一番の収穫は、聴衆の反応でした。食い入るように最初から最後まで聞いてくれ、冗談をかませば大笑いしてくれ、最後の音の緊張感が溶けていく瞬間には皆で一緒に大きなため息とともに拍手のポコ・ア・ポコ・クレッシェンド。本当に会場が音楽を通じて一体となってに特別な時空を共有・共感した!と言う、まさに私が目指しているような音楽会となりました。演奏後「宇宙に小さな穴が開いてこの会場ごと皆で2時間タイム・トラヴェルをしたようだった。物凄い体験だった」と言ってくれた人や「あなたの『この楽器の製作者を始め、修復を決断したマルチェラ(ソプラノ)、修復を手がけた修復者や、今日の演奏会を可能にするために寸かを惜しんで調性したステュワート、そして今日の演奏会の企画に関わって奔走した皆、そして今日こうして会場に足を運んだ聴衆の一人一人。全ての人のこだわり、愛情、熱情がこうして歴史を経て今日の演奏会に繋がっているんだな、と実感し、今日ここでこのフォルテピアノを演奏できる自分の運命に感動しています』と言う言葉に感激して涙してしまいました」と言ってくれた人など、本当に音楽人生の醍醐味を今日、味わえたな~、と思いました。 感謝。

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景色について

一概にマンハッタンと言っても、区域によって全く雰囲気も文化も違います。 この多様性がマンハッタンの一つの醍醐味なのですが、 今、このブログの頁を開けながら、窓の外のハドソン川にしばし見入って、 (ここに住んでいたら、私のNY生活は全く違った物になっていただろう) と言う思いに取り付かれました。 窓の外はハドソン川、とその向こうの緑生い茂るNJ州、 手前はマンハッタンのリヴァーサイド・パーク。 ハドソン川はこちらの川岸から向こうの川岸まで2キロ半?3キロ? 川の流れはゆったり。そしてヨットや貨物船がカタツムリの様に下り、上り… 大きな鳥(鷹かな?)が翼を広げて空中を漂っています。 私がNYで最後に住んだのはここから約20ブロック南に下った辺り。 ここは主にドメニカ共和国出身者が多い区域で レストランも南米系が多く、 私はサンドウィッチを重い焼き機でつぶしてカリカリに焼いて食べる ここら辺のサンドウィッチと濃いコーヒーを甘~くしてクリームたっぷりで飲むのが 大好きでした。 ドメニカ共和国では「音楽を一人で聴くのは自分勝手」と言う哲学があるそうで、 寒くなくなったその瞬間から人々はデッキチェアに座り 道端の思い思いの場所で大きな音で音楽を分かち合います。 私はこのアパートに住んでいる時は、就寝時には必ず耳栓をしていました。 2006年にLAに移ってもう8年ですが、 その前私はNY周辺に実に17年も住んだのです。 こうして帰ってみると、どの街角にも思い出が詰まっています。 マンハッタンをこんなに良く知ることが出来たのも、 私の音楽人生の達成感を感じる一つの項目です。 さあ、今日は録音編集とリハーサル!

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録音は上々!

ハドソン川臨むマンハッタンは北西181丁目の友人宅から、こんにちは。 今回のNY滞在も今日で一週間目。 リハーサル、録音、レッスン、旧友との交歓、などで毎日が充実しています。 今日は私の6枚目のCD ―今年7月と8月に帰国演奏に間に合わせて製作中―の 「ショパンToジャパン」の製作中間報告! CDのジャケットは私の着物姿! 私のヒューストンの親友の一人である、才能満ち溢れるクラリネットのMさんが これまた多才で感心のコンピューターの腕をふるって写真撮影とデザインをしてくださっています。 録音初日は日曜日でした。 三時間の録音予定が5時間かかって 全17曲を取りあえず2、3回通して録音しましたが、 ピアノの音が物凄く薄く、明るく、影も色も付けられず、正直戸惑いました。 私の2枚目のCDから全て、このスタジオ、このピアノで録音してきていて、 慣れたピアノのつもりだったのですが… 最近使用頻度が多く、さらに 「この方がサウンド・プロセスの効果が現れやすく、最終の出来がよりよい」 と言う録音技術者で私の友達、そして凄い耳の持ち主のジョーの言葉。 それでも、弾いてでてくる自分の音がきつく、明るいと、弾き方まで変わってしまいます。 鳴れること数時間。 5時間の最後の三時間は、それでも良い録音が出来たのですが、 最初の7,8曲は今日取り直しです。 昨日はサウンド・プロセスでどう自分の音が変わるかデモンストレーションしてもらい、 ピアノで2時間ほど練習して、その音とタッチに慣れ、 ずっと気持ちが楽になりました。 このCD、喜んでいただけるのでは、と期待しています。 お楽しみに!

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古楽器演奏と歴史との遭遇

NYからです。 水曜日にレッスンを教えてから空港に直行。 真夜中にマンハッタンに降り立ちました。 今回のNYには3つの大きな目的があります。 1.私の6枚目のアルバムとなる「Chopin To Japan」の録音 2.6月1日に行う、ソプラノ歌手と彼女所有の1829年のウィーン製ピアノの演奏会に出演。 3.高校時代の私のホスト・ファミリーで以来私のアメリカンファーザーのエドの90歳の誕生日! 6月1日の演奏会は凄いいわく付きです。 私の10年来の友人であるソプラノ歌手のマルチェラはイタリア系アメリカン人。 彼女のご両親が育ったミラノ郊外の邸宅には 1829年にウィーンで作製されたフォルテ・ピアノが。 この楽器はイタリア建国に携わった貴族の一人でこの邸宅の元の持ち主が 邸宅と共に売った楽器だったそうです。 マルチェラのご両親は高齢化につき、この邸宅を手放すことに決めました。 ここを「第二の故郷」としていたマルチェラにとっては心痛を伴う決断で、 彼女は家の中に在った家具の多く、 そしてこのピアノを彼女の現在拠点地であるマンハッタンに引き取ったのです。 ずっと手付かずだったこの115歳のピアノにはたくさんの手当てが必要でしたが、 その後マンハッタンにある歴史的建築物に指定されている 現存する最古のマンハッタン内の建物(1765)で現在は博物館の Morris-Jumel Mansionに預けられることになったのです。 http://www.morrisjumel.org/ ここまでは私も前以て知っていました。 ところが昨日、リハーサルのために始めてこの邸宅に訪れてびっくり! ここはジョージ・ワシントンがアメリカ独立戦争の際、 総司令本部として住み込んでいた建物で、 壁紙からジョージワシントンが寝た寝具までそっくりそのまま残っているのです! さらに1829年作製のピアノを弾いてびっくり。 ライス大学での私の先生、Brian Connellyが古楽器の専門家であるため 私にも1829年のウィーン製のピアノが大体どんなものか予備知識はあったのですが、 実際に練習・リハーサルしてみると、シューベルトの歌曲が全く違った解釈が見えてきます。 鍵盤が軽く、発音が現代のピアノより控えめで、音の伸びも短い。 そうなると必然的にテンポがより軽やかになるのは頭では分かるのですが、 実際に当時のピアノを弾いてみると、 シューベルトが頭の中で聞いたであろう音楽がはっきりと聞こえてきます。 これはハンディキャップではなく、物凄いヒントなのです。 さらに声とピアノがしっとりと絡み合う。 現代のピアノと言うのはより大きな演奏会場で より大きな音量でより多くのお客さんを楽しませることが出来るよう開発されました。 どちらかと言うと、ソロ用、公開演奏用で、 サロン用、室内楽用に書かれた曲を念頭に置いてデザインされていないのです。 発音が控えめなこの楽器は弦楽器や声、管楽器と、実に仲良く共鳴します。 全く違う音楽の世界がパーッと広がります。 音楽人生の醍醐味。

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着物、考察

「ショパンToジャパン」のアルバムカヴァーのために着物で写真を撮りました。 ヒューストン在住で着物にお詳しいAさまが、 着物のコレクションを惜しげなく出して見せてくださいました。 着物と言うのをこんなに間近で検証したのですが 本当に砕身の工夫があらゆるところに施されていて、芸術品だと思いました。 着付けは、肌着から足袋から本当に細かく、 色々結ぶ物が在り、色々引っ張る物があり、色々大変です。 私の祖母は毎日着物でしたが、 毎日こうやってピンピン!スルスル(結ぶ音)と、朝の身支度を整えたのだな、 と思うと、儀式のような気持ちがしました。 私はそうしようと思えばパジャマから出かけるまでの身支度を 1分でも10秒でも必要に応じて済ませてしまいますが、 昔の女性はそうは行かなかったのだな、と その価値観と美的感覚と生活に思いを馳せました。 同時に自分の無頓着を少し反省も致しました。 帯をピッと締めると、気持ちもピッと引き締まる物ですね。

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