美笑日記9.18:バトンを受け取る旅

先週行った5泊6日の旅の道中、いくつか忘れてはいけない想いや言葉や出来事に出くわした気がして、思いつくままにつづった忘備録です。

9月12日(水) 夕方ロスからシアトルまで移動

5時半に出勤する野の君を送り出していつも通り8時まで練習。8時から散歩ーヨガー3分逆立ちー瞑想。10時ごろ朝食。そして仕事。旅行中は崩れがちなルーティーン。いつもより心してしっかりやる。15時への出発から逆算して、荷造り・入浴・必要書類の整理などをこなしていると、思ったよりも全然練習時間が取れない。

15時。スーツケースをゴロゴロさせながら出発。路面電車でユニオンステーションまで行って、一時間二本のシャトルバス「FlyAway」でロサンジェルス空港まで行く。乗り継ぎがスムーズだと1時間半だけど、今日はシャトルバス一本逃して空港到着まで二時間弱。幸い空港がガラガラでゲートまで問題なくすいすい行ける。ゲートでメール。飛行機で読書。ホテルチェックインが22時半。シアトルは寒い!

9月13日(木) 朝はワークショップ。友人とランチ。午後からC.W.F博士のお家に一泊

目覚ましよりずっと早く目が覚める。思い切って散歩。ロスの乾ききった空気に比べてひんやりと湿り気を含んだシアトルの空気の匂いが新鮮。草木もお店も都市設計もロスとはずいぶん雰囲気が違う。だから旅は面白い。始めは寒かったけれど5キロ早歩きして汗ばむ。ホテルに戻ってシャワーと身支度と荷造り。

9時から正午まで三時間「音楽の効用を職場で活用!」ワークショップ。打てば響く参加者に恵まれ、触発が触発を促す相乗効果。ご縁に感謝。

12時から14時。シアトル在住のUS-Japan Leadership Programの先輩とランチ。キノコと玉ねぎのピザが美味しいレンガ造りのかわいいお店。世界情勢から世代間コミュニケーションギャップ、仕事と私生活のバランスのコツなど、話しは尽きずあっという間に時間が過ぎる。楽しいひと時。

お別れを言ってタクシーを飛ばすこと42分。行先はシアトルの北東に位置する郊外。Chuck.W.Fowler博士のお家に近づくにつれてなんだか18世紀ヨーロッパの森の中の様相になってくる。Institute of Religion in the Age of Science(IRAS:科学の時代の宗教研究会)の学会で7月に一緒させて頂いたときには腹を割って語り合ったけれど、実際には一週間しか一緒に過ごしていないこと、どんなお家にお住まいなのか想像もつかないことに初めて気が付く。西洋昔話に出てくるような木のお家の先は道路がもうない。行き止まりの向こうは森林。傾斜の大きい屋根の下のドアを開けてひげもじゃの博士が迎えてくれる。たっぷりのおなかでニコニコする姿はシーズンオフのサンタクロース。

博士は海洋生物学者。同じサイズの哺乳類に比べて人間がどれほど不自然に人口増加し、水・エネルギーを消費し、二酸化炭素を放出しているかを「超自然の不協和」とグラフで描写し、地球への弊害を説く運動家でもある。「人間同士で共感したり助け合うのと同じように、生きとし生けるものすべての立場に立って環境問題を考えられませんか」と訴える博士は、「音楽は共感力を触発する」という私のプレゼンに多いに興奮してくれた。その可能性についてお話をするための一泊の訪問。そのお家とお庭を見て「自然と共存する」という博士と奥様の姿勢を肌で感じた。

50年近く住んでいらっしゃるというそのお家の周りは湿地帯。そこにあるシダの種類を一つ一つ説明しながら目を細める博士は孫を紹介しているような感じ。「What is good for the part may be detrimental to the whole and what is good for the whole may be detrimental to the part. (一部に適していることが全体にとって損害的であることも、全体にとって適していることが一部にとって損害的であることもある)」と主張し、医療や産業などの改革・開発は自然にとっては損害であると唱え続けている博士。「自分は大自然の中、農家の息子として育った。世界は人間の理解をはるかに超えた大きなものだ。自分も学者になりはしたが、科学の進歩をもって自然を包括的に理解できたと思うのはおごりだ。説明できないことが山ほどある中で、人間中心の観点から地球の将来を決めるのは間違っている。」「音楽は自分より大きな意義や価値観の存在を瞬間的に示す力がある。これで自然社会の代弁を出来たら…」

そんな重い主張をしながら、でも博士は自分の人生も、周りの生きとし生けるものすべても、こよなく愛して快活に生きている。(海洋生物学者でもシーフード食べるんだ…)私の懸念をよそに、シーフードレストランで「おお!メニューを見ていたら唾の分泌量が倍増したよ~、ふおっほっほ!」と笑う博士。魅力と愛嬌たっぷりの博士と奥様とは食べ終わっても話が途切れることなく、気が付けば最後のお客さんになっていた。かつては娘さんの子供部屋だったという半地下のお部屋はぬいぐるみがベッドに一杯のっかている。心温まる就寝。

9月14日(金) シアトルからオレゴン州ユージーン

シリアルと庭で取れた梨の朝ごはんをいただきながらも議論は尽きない。後ろ髪をひかれる思いでタクシー。シアトルのKing Station9時50分出発で、ユージーン着が17時10分。そのまま一晩乗ればロサンジェルスまで南下する長距離列車は名称「Coast Starlight」。お金さえ出せばベッド付きの個室もある。私は一番安い車両。でも国際線の飛行機のビジネスクラスくらいのゆったりさ。「電車で読書しよう」と6冊も本を持ってきたけれど、結局ほとんど読まず。窓の外の景色に見入ったり、電車中うろうろ探検したり、同乗者とお話したり。シアトルからユージーンまでは飛行機もあるけれど、電車のほうがずっとエコで、しかも安い。そのせいもあってか、この電車は満席でびっくり!展望車もあってガイドさんがその地の歴史や自然や見どころなどを紹介してくれる。食堂車でお昼。ちょっと高め(25ドル+チップ)だけれど、サービスも陽気でお料理も熱々で、何より同席になった大学卒業旅行中のタイ人と、NYで自然保護のお仕事をしている20代のオーストラリア人とお話できて、大満足。旅は道連れガタンゴトン。(それにしても新幹線とはくらべものにならない悠長さ。半分くらいの速さかな?)

時間通りにユージーンに到着。ポール・スロヴィック教授が迎えに来てくれている。ジェノサイド、核兵器の脅威、災害などの危険性に直面した人間が何をなぜどのように決断するのか…その過程を研究し「Decision Research」を心理学の分野として確立した心理学者。NPO「テンポ:音楽による環境運動」で2021年からご一緒させて頂いているけれど、対面は初めて。メールの交信をしたり、郵送してくださったご著書のお返しにCDを郵送したりはしたけれど、お話するのはいつも一時間のズーム。ましてやどんなお家に住んでいるのかなんて、想像したこともない。そんなポールのお家に3泊4日。(本当に話が続くのかな…?)専門外の私をわざわざ「いろいろ意見交換したい」と熱心にご招待してくださったのはなぜなのか。

とりあえずポールの提案でタイ料理店でお夕飯。ポールの娘さんも来てくださる。話題はもっぱら一年前に購入された娘さんの新居の改装の進行具合。ポールのお友達が日曜大工でいろいろ手伝っているそう。なんだかいきなり家族の一員になったみたい。娘さんがお家プロジェクトについてお話をする中、レストランのスタッフが陽気にポールに声をかけてくる。「最近来ないからどうしたのかと思ってました~!」「あらあ、ポール、お元気そうで何より!」ポールはなぜか自慢げ。「常連具合がわかるだろ?もうこの店では有名人だよ。パンデミックで通り向かいのオフィスを引き払う前は一週間に3回は来ていた店なんだ。おいしいだろ?」…心理学の権威には見えない。

帰宅後には、ご近所のピアノの教授が立ち寄ってくださる。「あなたはどのような音楽活動をなさっているの?」ここで初めて私の脳神経科学者との共同研究やテンポの話しになる。ポールがダニエル・エルズバーグといろいろ対談をしていたことも話題に上る。今年6月に92歳で死去したダニエル・エルズバーグは1971年、自らも執筆に加わったベトナム政策決定過程に関する国防総省秘密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」を、一生豚箱行き覚悟でニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどに持ち込んで暴露し、世論に反戦を訴えたつわもの。7000ページもの機密文書のコピーを取るのに、当時はコピー機が非常に遅く、毎晩オフィスにしのびこんで何週間もかけて達成したそう。まだ13歳の息子を同伴して、その父の姿を見せたそうだ。その彼が余命3か月の宣告を受けたのちにポールと何時間もズームで話し込んで託した核兵器の脅威の深刻さとは?そしてそれを今、84歳のポールが私たちに託そうとしている。

9月15日(金) ユージーン二日目。

何十年間もマラソン走者だったポールは数か月前に太ももの腱を痛め、今は杖をついてゆっくりと歩いている。そんな彼が今でも朝の日課にしているのが散歩。「起きてすぐ、行くか行かないか迷う隙を自分に与えずに7時半に出かけるんだよ。もう何十年も一緒に走ったり歩いたりしている仲間が待っているしね。」朝の散歩は私の日課でもある。偶然のうれしさ。ご一緒させていただく。ゼブラフィッシュを使った遺伝子の研究者(「全大学の生徒数より実験用のゼブラフィッシュの数のほうが多いんだよ!すごいだろ!」)特別学級教育について研究している人など。ポールがゆっくりと行ったり来たりする中、遺伝子教授は「たったった~」と走り去り、教育研究のBさんと私は話しながら早歩き。一時間ほど体を動かした後は、みんなが毎日行きつけのベーカリーで一つの熱々のシナモンロールを細かく切って、コーヒーと一緒に一口ずついただく。話題はもっぱら研究費の苦労。「出資者から『違う品種での同様実験も同時進行するべきだ』と言われる。違う品種を取り入れるためには、品種そのものを購入するだけじゃない。新しい餌も環境も整える。このすべてに時間とお金がかかるんだ。でも研究費が上乗せされるわけじゃない。やりくりしろってことなんだ。」「研究費を受け取るための事務手続きが変わったのよ。これがまた面倒なの…これでまた何時間も持っていかれるわ。」そしてみんな口をそろえて、「我々が研究に充てられる時間をお金のやりくりに費やしているそばで、スポーツには桁違いの資金が集まる。オレゴン州も含め、アメリカの43州で一番の高給取りの政府関係者は州立大学のスポーツ監督なんだ。この社会の優先順位はどうなっているんだ…?」そんな愚痴に矛盾していて面白いのがこの人たちみんな「陸上お宅」だということ。陸上競技選手の話題になると子供の様に世界記録や選手の調子について盛り上がる。ユージーンは運動靴で有名なナイキの発祥地。ポールはナイキの試作品を何足も試し、感想をシェアしたそう。「あの有名になったロゴ!ナイキは45ドルしか払ってないんだよ!」

帰宅してしばらく二人でそれぞれメールなど。その後ポールがおもむろに「さあ、じゃあ仕事を始めようか…」。食卓にノートを広げペンを手に取るポールに倣って私も同じく。それまでの好々爺的な悠長な語り口が、一変して超早口で抑揚豊かな熱血語りになる。「核兵器の脅威と環境変動の脅威は今や密接な関係性を持っている。環境変動のために国際間の緊張は高まる。軍隊動員や核兵器起用の決定権を持つ人たちは外交や政権生命などを、危険性や失われると予想される人命の数との天秤にかける。でも客観的に危険性を予測したりや損失される人命の被害を計量化するのに、我々の知能は適していないんだ!ましてやこの決断を私利私欲に絡める政治家に任せるのは正気ではない!」サラダとパンとチーズの簡単なお昼の後の会話は、日が高くなって暖かくなったベランダで続けられる。「統計や数値化は人間的な価値観に訴えかけない。でも音声化は違うんだ。」私もここで自分の音楽家としての体験や、聴覚と感情の密接な関係に関する研究などをシェアする。「すごい!そんな研究もあるのか!!実に面白い!」ポールは若返ったみたいに興奮している。目がきらきらして楽しそう。

私の滞在はちょうど世界陸上界のスターたちがユージーンに集まり世界記録に挑戦する「ダイヤモンド・リーグ」の日程と重なった。ポールは我々の協議の合間にテレビをつけては、嬌声を上げてテレビ越しに感嘆している。私に解説しながら陸上選手たちを見守り「すごいねえ。こんなに直接的な感情はやっぱりデータでは湧かないねえ」としみじみ。

この日はたまたまRosh Hashanahというユダヤ教の新年のお祝いの日。前日のタイ料理の残り物に私が心ばかりの野菜炒めなどを添え、家族の方々が集まった夕食。「私には宗教観はないけれど、一年半前に亡くなった妻は宗教的な家族で育った。そんなこともあり、儀式やコミュニティーとしての祝日参加はいつも家族でしてきたんだ。」コロナ感染者数が最近増加するなか、大事をとって今年はポールの一家は居間からライブ配信を観ながらのヴァーチャル参加。みんなが順番にいろいろな歌やしぐさやヘブライ語の文句の意味などを私に教えてくれる。女性が司祭を務める進歩的なユダヤ教会。

9月16日(土) ユージーン三日目

朝の散歩。コーヒーと熱々シナモンロール。そして食堂でお互いノートを取りながら協議。軽いお昼の後はベランダに移動してさらに協議の続き。人間が数量化して理解したと思う時に生じる誤算。「例えば飛行機事故で『乗客の生存率98%』という描写と『乗客の2%が死去』という描写では印象が全く違うんだ。実に興味深い!」「人間には理性と直感の両方のバランスが必要なんだ。でも環境や核兵器などの脅威に関しては、専門家は理性ばかり、世論は直感ばかり…このギャップがすべてに悪影響を及ぼしている。テンポの信条の音楽を使った環境運動は、このギャップを埋める可能性を秘めていると思うんだ。」

この日は私が5時から8時までStanford e-Entrepreneurship Japanの授業を行ったので、ポールは娘さんのところでお夕飯。帰ってきたポールは娘さんが焼いてくれたRosh Hashanahに伝統のハニーケーキをお土産に持ってきてくださる。はちみつの甘さが優しく、お茶と一緒にいただいてほっこりする。

9月17日(日) ユージーン最終日

日曜日の朝の散歩は息子さんのスコットとその奥さんのスージーと一緒に。スコットは環境問題を扱った文学の研究で環境人文学という分野を確立した研究者・執筆家。この日はポールと奥様が養子縁組した息子さんが事故で亡くなってから24年目の命日。一年半前に亡くなった運動家の奥様もその息子さんの横にお墓がある。お墓にひまわりの花とコーヒーとビールをお供えするという家族の恒例の行事にも参加させていただきました。

自然保護を大事にした墓地の運営が、生前の息子さんの想いを反映しているそうでポールの奥様はそこで何十年もボランティア活動をしていたそうです。
奥様は社会運動に一生を捧げた方で、ユージーンに越してきた避難民の面倒を見ていました。住居や子供たちの学校や親たちの就職先などを探すために奔走して、毎日大奮闘をされていたそうです。死ぬ直前にもお世話をしていた家族の心配をされ「There are things I have to do」と言いながら亡くなったそうです。この最後の言葉は墓碑に刻まれていました。
「私が研究する人道を、妻は毎日実践していたんだ。」

土曜日の午後の会話の途中「すべてのニーズを満たされた人間には意欲も行動力も欠如して、幸せではない。目標に向かって(あともうちょっと)という希望をもって意義を感じて時間を過ごしている人が一番幸せなんだ」と話題が進んだので「だったら私は毎日とても幸せです。ポール、あなたも幸せですか?」と尋ねたら、一瞬黙り込んで「妻がいてくれたらもっと幸せなんだけど…」と涙ぐんだポール。私もしばらく黙り込んでいたら、数分後突然さっと頭を上げ、目をぬぐいながら「人間の感情というのは、実に面白いねえ!そしてうつろい易いものだねえ!」とイキイキと復活。私を気遣ってくれたのかもしれないけれど、それでも(あっぱれ!)と思いました。
長年の墓地でのボランティアをなさっていた奥さんのために墓地周辺のコミュニティーが寄贈したというレッドウッドのベンチには奥さんのお名前と献呈の言葉が刻まれています。
「若い時にはお墓なんて理に叶っていないと思っていた。環境にもよくないし。でも息子が若くして亡くなって、そして今妻が亡くなって、彼らを偲ぶための場所があるということが拠り所になってる」とポール。

お墓参りの後は娘さんのお宅でもう一人の息子さん(執刀医)と一緒に朝ごはん。そこから帰宅してまたポールと数時間協議したのち、テンポのリーダー、カリフォルニア工科大学のルーシー・ジョーンズ博士とのズームで3日間の成果の報告と今後の相談・提案。その後ポールに空港まで送ってもらう。ユージン空港はターミナルが一つしかない小さな空港。それでもロスまで直行便があるのがありがたい。

とりあえず備忘録のために思いつく限りつづってみました。なお、かなり個人的な会話もシェアしていますが、本人たちの了解を得ています。

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