いつまでも覚えていたいこと 2


先週は本当に色々あった。その中でも、これからずっと覚えていて、音楽の道を進んでいく上での活力にしたい、と思うことがいくつかを書き出してみたい、と思う。
ストラヴィンスキーのオクテットはフルート、クラリネット、バスーン二人、トランペット二人、トロンボーンとベース・トロンボーンと言う編成のかなり入り組んだ曲だ。テンポが途中で変わったり、小節ごとに拍が変わったり、楽器が小節の思いがけないところが吹き始めたりするので、指揮のオーディションに良く使われるらしい。この曲の自分の指揮をヴィデオ録画するにあたって、一緒に演奏してくれた子達の熱心な姿勢に凄く励まされた。皆、私が自分の音楽的解釈を伝えると、凄く一生懸命それを実現してくれ、凄く楽しんで一緒に音楽してくれて、「どっかで演奏する機会は無いかなあ?」と結局だめだったのだけれど、色々あたってみたりしてくれた。トランペットの一人はたまたま来年私と進路が同じなのだが(これについては、近いうちに公表予定)「来年、リサイタルでこの曲やるから、マキコ指揮してくれる?」と言ってくれた。「え? でも、私より経験の多い指揮者は他に一杯いると思うんだけど」。。。嬉しかったけど、私は彼に一番好条件でリサイタルをして欲しかったから、こう言ってみたら、彼が口をとんがらかして「だから、何?」と言ってくれた! 凄く、凄く嬉しくて「分かった、喜んでやらせてもらうね。それまでに一杯勉強しておくよ。」と約束した。
昨日のオーボエのリサイタルは、非常にうまい(先生も口があんぐりするくらい上手い)、ちょっと異色のJ君とのリサイタルだった。彼がなぜ異色かと言うと、まず普通の木管奏者と違ってプロのオーケストラでのポジションを全く欲していないこと。今まで何度もオーディションに受かっているのだが、「このオケは上手く無い」とか、色々な理由を付けて、全て蹴ってしまっている。そして彼がオケの仕事が欲しく無い理由の一つは、彼がとても熱心なユダヤ教徒で金曜日の日没から土曜日の日没までは、宗教的な理由により「仕事」をしてはいけない、と言う掟がある、と言うこともある。例えば、学校のオーケストラはいつも土曜日の夜8時からなのだが、彼がオケに載った場合、ドレス・リハーサルは、他のオーボエの子が代役を務め、彼は本番だけ乗ることになる。学校のオケだからこれでまあ、何とかなるが、プロのオケなら、勿論許されることでは無い。彼はとても音楽的だし、時々凄く面白い冗談を言うのだけれど、そう言う宗教的なこと(例えばいつもユダヤ教の男の人がかぶる帽子を被っている)で、少し社交的に浮いていた。私もとても近くお友達づきあいをしていた訳では無いのだけれど、彼は私のことをとても評価してくれていつも共演を持ちかけてくれていた。今回、お互い卒業間近になって初めての共演がやっと実現したわけだけれども、私はリハーサルの過程において、彼の音楽に対する真剣な姿勢と、とても深い思考レヴェルにとても感銘を受けた。リハーサルの最中は音楽解釈において、そしてリハーサルの前後は人生の倫理や、音楽人生に関する考えについて、色々、凄く感慨深い会話を沢山、沢山した。そしてむしろリハーサルよりもこうして会話をしたことで、共演がお互い気持がぴったり合って、本当に(自分で言うのもなんだが)ハイ・レヴェルの演奏が出来たと思う。先生も「普通の解釈とはかなりかけ離れているけれど、二人が心から同意してやっているから納得して聴いてしまう」と言ってくれた。私はやっぱり少し偏見が在ったなあ、と思う。普通で無い格好、普通で無い慣習を敢えて貫き通す彼と、近しいお友達に、気心の知れた共演仲間になれない、となんとなく決めていたと思う。いつも、いつも共演を誘ってくれたのに、今まで断り続けていたこと(他に色々忙しかったからだが)、今になって悔やまれる。良い体験をして、良い教訓を学んだ。
音楽はやっぱり凄いなあ、と思う。


2 thoughts on “いつまでも覚えていたいこと

  • abbros

    違いを認めて受け入れるということはなかなか難しいことですね。芸術はその橋渡しをしてくれる普遍の力を持っているのだな、と思います。

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