Category: 音楽


  • 今日は、NYから友達が遊びに来て、二人でインド料理を食べに行った。 そしたらなんと、アンドレ・プレヴィンと、ヨッフィム・ブロンフマンに会ってしまった。 プレヴィンには明日会う(そのことは明日書きます)。 ブロンフマンは実は私は5月に学校の公開レッスンでラフマニノフのパガニーニ狂詩曲を聴いてもらった。 でも、向こうはお食事中だし、有名人だし、こっちの事を覚えていないかも知れないし、 それに恥ずかしいし、なんかごますりみたく思われるのも嫌だし、 と、私は目を合わせないようにして、無視してしまった。 そしたら食事を終えたブロンフマンが、帰り際に向こうから 「なんだか君、見覚えが在るねえ」 と、話かけてきたのだ! 「実は、コルバーンでラフマニノフを聴いていただいた真希子です」 と、言ったらば 「ああ、そうだった、そうだった。元気にしていたかい?タングルウッドはどう?」 と、2分ほど会話をして、握手して立ち去って行った。 友達に叱られてしまった。 「有名人じゃない普通の人だったら、一回会った人に偶然また出くわしたら挨拶するでしょ? どうして有名人には同じようにしないの?それは、失礼じゃない?」 確かに、そうかも知れない。

  • 今日は、Richard Dyerと言う、元ボストン・グローブの音楽評論で、 最近はクライバーン・コンクールの審査員も務めた人のピアノ研修生の為のクラスが在った。 主に古い録音を聴き比べたり、クライバーンの逸話を聞いたりと、 割とカジュアルなクラスだったが、面白かった。 始めにMr. Dyerは歌と楽器を弾くと言うことの関係について述べ、 例としてホロヴィッツが「どのピアノ教師からよりも多くの事を学んだ」と評する バリトン、Battistini(19世紀後半から20世紀の始めまでのスーパースター)を聞いた。 お酒が入っているのかと言うような、私たちにはいい加減に聞こえる音程とリズムで、 聴きながら皆で笑いをかみ殺していたが、でも音楽的自由さ、と言うのはよくわかった。 そのあと、Richard Dyerの先輩の音楽評論家、Michael Steinbergが公開レッスンで 楽器奏者たちに詩の朗読をさせ、言葉のリズムと抑揚を演奏に結び付けるよう奨励した話や、 ソフロニツキーのシューベルト・リストの冬の旅の最後の歌の録音を聞かせてくれた。 「最近の若い人は、歌のピアノ独奏用の編曲、例えばワーグナー・リストの「トリスタン」などを弾く場合でも、 歌詞はおろか、ストーリーさえ把握してないんでは、と思われる場合が多い。 それに比べて、昔の人は、歌の編曲で無くても、メロディーの息使いまで伝わってくるような弾き方をする」 と言っていた。 リヒテルはソプラノと結婚していたし、彼女との録音に素晴らしいものが在るそうだ。 コルトーも、演奏キャリアの最初の半分は歌手との共演で成り立っていたらしい。 コルトーの公開レッスンで、生徒にそれぞれの曲を正確な形容詞で描写する能力を厳しく求め、 さらに同じ性格のオペラを熟知して、ピアノで弾けるようにすることを要求し、 それができなかった生徒を叱咤し、変わりにトリスタンの3幕目を朗朗と弾きまくった、 と、Richard Dyer自身が目撃したエピソードも披露してくれた。 他に、ドビュッシーに「バッハを弾かせたら最高」と評された、アメリカ人のピアニスト、 Walter Rummelのバッハも聞いた。 この人はのちにナチスに入れ込み、そのための反感で音楽史から事実上抹殺されてしまったようだが、 タングルウッドのあるマサチューセツ州のStockbridgeと言うところに住み、 ドビュッシーの前奏曲の世界初演や、アメリカ初演を手掛けたそうだ。 バッハはまるでブゾーニ編曲のように、低音にオクターブや和音がたくさんつけ足され、 とてもドラマチックなバッハだったが、感情的にとても訴えるものが在って、 オルガンみたいで面白かった。 それに比べて、ブゾーニの前奏曲とフーガ一番は、透明で、鮮明で、すべてがクリアで、 ブゾーニのバッハ編曲からは想像もつかない、楽譜に忠実な、洗練された演奏だった。 他にランドウスカがピアノで弾いてるモーツァルトのソナタや、 コルトー、Micholowskiのシューマン等を聞いた。 別世界に飛んで行ったような一時だった。

  • 今日は二人の有名人に会った。 一人はピアニストのGarrick Ohlson, もう一人はソプラノ歌手のDawn Upshawである。 Garrick Ohlsonには公開レッスンでスクリャービンの小品を聴いてもらい、 Dawn Upshawには歌のコーチングでブリッテンのセレナーデとプーレンクの歌を聴いてもらった。 しかし、タングルウッドに来てからはジェームス・レヴァインとか、エマニュエル・アックスとかに教わったし、 ヨーヨー・マとか、マイケル・ティルソン・トーマスとかも、別に正式に会ってはいないけれど、 トイレの列で前後したり、コンサートの会場とかですれ違ったりしているので、 最近会った有名人その1のジョン・アダムスの様な興奮はもうしなくなってしまった。 皆同じ人間で、不安や、心配や、小さな幸せを日常的に感じ、 おやつも食べるし、トイレにも行くんだなあ、と言う感じ。 Garrick Ohlsonにはスクリャービンの左手の為の夜想曲、作品9-2と エチュード嬰ハ短調、作品2-1を聴いてもらった。 この曲はもう5月位から何回か演奏している曲だし、 本当は新しい曲でもう少ししっかりと長い曲を聴いてもらいたかったのだが、 何しろタングルウッドに来てから忙しかったし、 他のピアニストも「持ち曲が。。。」とこの公開レッスンはしり込みする感じの人が多かったので、 この曲達で出させてもらった。 Garrick Ohlsonは本当に良い人で、 「君の役に立つならば、何でも聞いてくれ! 何でも答えよう、一緒に考えよう」、 と言う雰囲気が言動のすべてからあふれ出てくる感じで、 一緒の部屋にいるだけで嬉しくなってしまった。 私のやっていることを全て最初に肯定してくれたあとで、 「でも、ここはこういう風にも感じられるし、 こういう風に見ることも、または反対にこういう風に分析することもできるけれども、 そういう選択肢を全て検証した後で、やっぱり今の自分のやり方が一番いいと思う?」 と言う形で質問提示をしながら、レッスンを進めていく。 そうすると、まだまだもっと曲や、自分の考え方を掘り下げられることが分かる。 自分の知っていること、経験したことを総動員して、惜しみ無く伝授してくれている感じが ひしひしと伝わってきて、感動した。 色々言ってくれたけれども、特必が一つ。 「こういうゆっくりな曲で、音の少ない曲は、弾き始めるのに勇気がいるよね。一度、僕が17歳だった時、カーネギー・ホール・デビューを当時30歳だったアシュケナージがシューベルトのソナタで始めた。僕は楽屋で『こんなにプレッシャーの大きなリサイタルで、どうやってこんなに隠れようの無い、透明な曲で弾き始める勇気を得たのですか』思わず聞いた。そしたらアシュケナージは『そんな勇気はとても無いよ。でもだから、舞台袖で頭の中で、一度提示部を全部弾いてから舞台に出たんだ。だから、舞台の上で弾き始めた時は、すでに曲は自分の中では始まっていて、僕はリピートの部分から弾き始めたんだよ。だから、なんとか弾き始められたんだ。』と答えてくれた。それから僕もいつもそうやって演奏を始めるようにしている。そうすれば自我や、無駄な邪念に邪魔されることなく、始めから音楽の為だけに弾けるからね」 Dawn Upshawも、タングルウッドに来る前には レッスンを受けられるなんて信じられない!と言う感じの有名人だったが、 会ってみたら、とても静かにゆっくりと一言一言丁寧に発音しながら喋る ちょっと仙人のような人で、舞台や録音の印象とはとても違った。 そして、とてもとても謙虚な人だ。 「私は自分の声が醜い、とずっと感じていて、 でも言葉を大切に発音し、その意味を深く感じ、考えて、表現することに意義を感じ、 そのことに誇りを感じてキャリアを積んできました。 音楽は、正直に言って子育てを含む自分の今までの人間関係のどれよりも多くの事を 私に今まで教えてきてくれましたし、私はそのことに本当に感謝しています。」 と、公開レッスンで声楽とピアノの研修生全員に向かって言い、 私はその潔い正直さに感じ入った。 今日も、言葉をいかに、一番効果的に伝えるか、と言う感じで音楽の事を考えていくレッスンだった。 こういう風に教えられるのは、二人とも、それぞれ試行錯誤を繰り返し、 時には自信喪失したりして、音楽の道を進んでいるから、 私たちの問題に同感できるんだなあ、と思った。 有名人と言うイメージが無くなって、変わりに偉大なる先輩、と言う風に思えてきた。…

  • 音楽の役割

    「自分にとって良い曲とは、新しい聴き方を提示してくれる音楽だ。」 -Steven Drury 10   リハーサル・コーチング(Singing Sepia)  12;30 Steven Druryと昼食 1;30  練習 2;30  Steven Drury コーチング、(ベルグのソナタ) 4    オーケストラのリハーサル("Drala" by Peter Lieberson) 6 寮に移動、夕食 7;30  マーク・モーリス舞踏団のドレス・リハーサル見学 マーク・モーリスは元舞踏家、今は振付家で、彼の舞踏団はアメリカではかなり有名だ。 音楽にとても詳しく、オペラの演出を手掛けたりもしている。 自分の舞踏団では、リハーサルから公演を通じて、録音に合わせて踊ることを主義的に禁止していて、 そのせいで時間もお金も余計にかかるが、 そのおかげで私の知人の数人はマーク・モーリス舞踏団と共演したことが在る。 音楽の演奏がその日の天気、演奏家の気分、会場の雰囲気などに影響されて変化するように ダンスもそれを反映して、自在に変化するべきだ、と言う考えからの生演奏である。 かなり著名な音楽家もこの舞踏団と定期的に共演していて、 今日演奏したヨーヨー・マや、エマニュエル・アックスも頻繁に参加するらしい。 今日のプログラムは研修生によるハイドンのホルン協奏曲ニ長調、 ヨーヨー・マとアックス氏によるベートーヴェンのソナタハ長調、 研修生によるストラヴィンスキーの「Serenade」(ピアノ・ソロ) ヨーヨーとアックス氏と未知のヴァイオリニストによるアイヴスの三重奏だった。 振り付けは非常に面白かった。 幾何学的な模様のように何人もの腕や脚が舞台の上に模様をなして、 それが音楽にぴったりと合わせて万華鏡の様に七変化する。 音楽を本当に視覚化している感じで、たとえばカノンなら、 同じ振り付けを声部の導入に合わせて、ずらして何人ものダンサーが踊るとか、 協奏曲はホルンに合わせて踊る人、オケの中のあるテーマだけを踊る人、とか 例えば音楽理論を全く知らない人でも、一目でソナタの構造がわかるような そんな振り付けだった。 ヨーヨー・マとアックス氏はどうして舞踏団と共演する選択をするのかなあ。 振り付けの都合で、音楽的解釈を妥協しなければいけないところが在る。 例えば、ベートーヴェンのハ長調のソナタは、私はこのデュオがロスで演奏するのを聴いたが、 今日のテンポは振り付けに合わせて、普通の解釈よりも、彼らのロスのテンポよりも かなり遅いテンポになっていた。 後の講義で「こういう解釈もできるかも、と挑戦されるのが面白い」とマ氏が言っていたが。。。 始めは音楽が視覚的に体現されていく目新しさが楽しくて、息を呑んで見ていたが、 段々(これはマーク・モーリスの音楽の解釈を見ているのであって、 音楽そのものを解釈と切り離して体験するのはこの方法では難しい) と思わざるを得なくなってきた。 しかし、演奏だって、演奏家の解釈と音楽そのものを切り離すのは難しい。 それでも、ベートーヴェンは私はよく知っている曲だから、 例えば普通のテンポより遅い、とか、かなりのところが分かったが、 アイヴスやストラヴィンスキーに至っては初めて聞く曲なので、 マーク・モーリスの提示する世界を鵜呑みにするしかない。 それはそれで、ただ単に音楽を聞くより、ガイドが在ってわかりやすく、楽しめはするのだが、 しかし良く知らない曲だけに、視覚に気が囚われて、せっかくの尊敬する演奏家の演奏でさえ 気がつくとダンスの二の次になってしまう。…

  • 覚書き

    7:30  洗濯、朝食、身支度、 10;30  移動、練習 12;30  ヴォランティアによる研修生の為の昼食会 1;00   図書館で勉強 1;30   コーチング(Singing Sepia by Tania Leon) 3;30   コーチング(”Boulez is Alive”)Steven Drury 4;30   練習 6     夕食 7;30   研修生によるDon Giovanni鑑賞 11    飲み会 この頃学んだこと #1 オケの総譜を書くときは、大事なラインは二つ以上の楽器・奏者。 一人が落ちても大丈夫なように。(ウェスト・サイド・ストーリーはその点最高) #2 指揮者の仕事は奏者を褒めて自信を与え、好き勝手にしたい!と思うくらいおだててから ちょっとだけ枠決めするくらいが、いい。 #3 全ての音に性格、意味と役割を与えて弾く。それができるテンポがいいテンポ #4 ピアノは発音が簡単すぎる楽器。 その為に意図無く、不自然な早さで弾けてしまう。 息、音の性格を思うイマジネーション、などを使って人間的なテンポにはまる。 今日も大雨。 芝生はぬかるんで、その上に水がたまり、池の様になっている。 月曜日は、ドン・ジョバンニの公演の最中に雷を伴う物凄い大雨になり、 古い掘立小屋のような劇場は雨漏り、浸水が始まり、 オケのピットに水が溜まり始めて、公演中止が危ぶまれたほどだったらしい。 そしてなんと一幕目のカタログ・アリアの最中に劇場の非常に近くに雷が落ちて、 劇場全体が一瞬オレンジの光に包まれ、物凄い振動と爆音が起こったそうだ。 オケ奏者も、ホールの係の人も、客席の観客も一瞬飛び上がる衝動だったらしい。 それでも、ジェームズ・レヴァインも、歌っていたラポレロ役の歌手も、 何事も無かったように演奏を進行させていった、と言う武勇談が一瞬で広まった。 音楽や、役に入り込む、と言うのはすごいことだなあ、と思う。 ドン・ジョバンニは素晴らしかった。 出演者、オケの奏者、みんな、同僚であることが誇らしかった。