January 2015

練習をしない利点

生まれて初めてかも知れない-私生活を音楽人生に優先させている。 私は衣食住を含む、生活のほぼすべてに今まで非常識なレヴェルまで無頓着で通してきた。 唯一、食に関しては健康面と美食面で興味が在って まあちょっといろいろ探究したりしたが、それも最近のことで、 ジュリアードでどう逆立ちしても高いとは言えない時給で伴奏スタッフをしていた時は 昼食はほぼ毎日学食で一杯1ドルだったスープだけだった。 「あのスープは残り物のごった煮だから飲まない方が良い」と噂されていたりしたが、 でも、スープにパンがついてくるのである! それに、カフェテリアのおばさんが私の顔を覚えてくれていて、 私が来ると鍋のそこからできるだけたくさん具を集めてよそってくれる。 『死にゃ~せん!』と、兎に角経費を削減することで音楽人生を乗り切ろうと頑張っていた。 音楽産業の需要と供給とかそう言った問題以前に、バイトを増やせば練習時間が減る。 私はただ単に練習したかったのである。 上達したかったのである。 だから自分の演奏の向上につながると思えば無料でも演奏したし、 明らかにバイト的な仕事は収入が良くても断ったりした。 そういう生活を一生続ける人色々な分野でいるんだ、と思う。 それはそれで、ある意味非常に単純明快で、そして楽しい。 しかし人生パートナーを得て、 共同生活を試みる上で色々生活の工夫と知恵を教授され その過程で練習しない日が出てくる。 「練習しない日」にやきもきしなくなるまで、慣れてしまうまで 「練習しない日」が増えてみて発見したこと。 私は練習し過ぎていた... 練習し過ぎることによって、音その物、そして音楽、そしてピアノを弾く肉体的感覚に麻痺していた。 今、ラジオでたまたま耳にする音楽にものすごく感動して その演奏をいつまでも頭の中で反芻したりする自分を発見する。 激変人生の対応の合間に10分、15分とする練習の効果が 今まで際限なく在った時間にかませていつまでもやっていた練習の100倍! そして音そのものにも非常に敏感になった。 音楽の良さを思いがけず極限的に再発見している。 そしてまた、音楽をやっていて良かった、これからも一生頑張りたい、と心から思う。

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ヒューストンに半永住をする、と言う決断。

私は今まで踏み切れなかったヒューストンに半永住すると言うことを決めました。 テキサス州は文化面でも政治面でもイメージが悪く、 その固定観念を振り切るのは勇気が要りましたが、 実際問題、テキサス州、特にヒューストンは アメリカの経済状態からは独立して石油産業のおかげで非常に好ましい経済状態を保っており、 日本企業を始め、世界中の沢山の企業がヒューストンに毎日進出しています。 経済的余裕の上に南部のコンプレックスもあってか、 文化・そして芸術家支援の体制が非常に積極的です。 移住してきてビックリしましたが、 ヒューストン・グランド・オペラ、ヒューストン・バレー、ヒューストン交響楽団のほかにも 現代曲専門の団体、古楽器演奏専門の団体など、 沢山の非常に興味深い文化活動が数多くあるのですが、 音楽家の数が絶対的にNYやLAなどに比べて少ないので、 演奏の機会が得やすい。 新しいこともしやすい。 その上、NYに在住する音楽仲間が生活費の重圧、特に家賃の高騰にあえぐ中、 ヒューストンの生活費はNYやLAに比較にならないほど安く、 しかも音楽教師を求める生徒が沢山います。 さらにライス大学はヒューストン界隈では一目置かれる学校で、 その博士課程を間もなく終える私にお仕事を回してくれる音楽団体も増えてきています。 と言うわけで、単純に収入増加と経費削減のみを考えても、 これからの自分の芸術的成長と活動の可能性を考えても、 ヒューストンに根を下ろすのは利点が非常に多いのです。 さらに、ヒューストンに住むことで可能な収入増加と経費削減の結果、 NYやヨーロッパに足を伸ばして活動することもより可能となります。 NYには私は幸いなことに、 いつでも宿を提供してくれる家族同然の音楽仲間や音楽愛好家が沢山います。 ヨーロッパはまだNYほどではありませんが、 でも最近のヨーロッパでの演奏活動のおかげで私にとってずっと身近な、そしてさらに開拓の意欲を覚える土地となりました。 一つ大きな決断をすると、それに伴っていろいろなことが落ち着いてきます。 年末の婚約に続き、これからのヒューストンの半永住の決断により、 これからの私の音楽人生の方向性が固まり、 新たな意欲と希望が湧いてきています。 今年の展開が非常に楽しみです。

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新年明けまして、おめでとうございます。

日本を離れて年末年始を祝うようになってもう25年になりますが、 それでもやはり私にとって年越しは年越しそばとおせちとお雑煮。 それを珍しくも完全無視して過ごしてしまった今年は何だか不思議な感じがします。 ざっと思い起こしてこの2週間、アジア食を全く食べていない! 旅行中だったこと、おもてなしをたくさん受けたこと、 日本の行事とは全く異なるクリスマス、年末・年始を過ごしたことなど 理由はいろいろあるのですが、 美味しいものは沢山食べたけれど 帰途中の空港で「米粒!米粒!」とやっと見つけた中華の 野菜と豆腐のあんかけ炒めと一緒に頼んだ玄米が本当にうれしくて やっと自分の胃袋に戻った気がしました。 私はやっぱり日本人です。 お雑煮が恋しい! しかし確かに美味しいものはいっぱい食べました。 両親が日本から遊びに来ていたこともあり、 グランド・セントラルステーションのかの有名なオイスターバー! NYに20年近く住んだにも関わらず初めての体験でしたが、 色々な産地のかきをよりどりみどりで頼んで それぞれがはっきりと個性があるのに、どれも美味!感激でした。 さらに両親がご馳走してくれた NJ側からマンハッタンを臨む高級レストランで食べた 子羊肉、海の幸山盛りのイカ墨パスタ、そしてフィレ肉ステーキ、熟成サーロイン。 ああ、私は去年はかなり厳しく菜食だったのに、 肉をこんなに美味と感じてしまう。 特に牛肉を食べることに関しては その牛の飼育から来る環境問題を始め、かなり抵抗を感じるのですが、 食文化のせいでしょうか、育った環境のせいでしょうか、 それとも人間はやはり牛肉を含む肉を好む肉体なのでしょうか? 私は美味しいと感じてしまう。。。 でもやっぱり何よりのご馳走は 「美味しいね」と喜びあって一緒に食べられる 家族・友人です。 年末に婚約しました。 今までは禁欲に精進して音楽に専念することを良しとして来ましたが、 この年になって、余裕を持つことで見えてくることがある、と言うことに気づき、 これからは適当な間を取ることでより良く自分と自分の音楽を知り、 音と音楽と音世界を探求していけたら、 発表させていただければ、と思っています。 今年も、よろしくお願いいたします。

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