明鏡日記23:人間の残虐性とフェルメール。

「音楽と脳神経科学を勉強していると見えてくる人間の共感力と社会的動物としての協調性、そして豊かな想像力と逞しい創造性。一方、歴史を通じて繰り返されるジェノサイドや戦争の破壊力と残虐性。この二つの矛盾する人間性を垣間見て、その中で私が一人の音楽家として何ができるのか考察している過程で、ユダヤ人避難民としてロサンジェルスで終戦を迎えたエルンスト・トッホの曲に出会ったというわけです。」トッホのお孫さんがロスに出張に来られ、滞在中もメールの交信をしている中でこんなことを話しの流れで書いたらば、返信ではなくお電話がきました。

「今夜、少し遅くなりますがお時間ありますか?お茶でもしましょう。」

(なんだろう?)びっくりして夜指定されたカフェで待っていたら、開口一番。

「私は祖父の音楽人生については孫の観点からしか語れませんが、あなたの言及された人間の残虐性と創造性の矛盾についてはもう少し専門的にお話しして差し上げられます。」と言われたのです。「あなたは私のことを文芸評論家としてご存知かと思いますが、実は私は戦争裁判のルポタージュも書いているのです。『ボスニアのフェルメール』という本も出版しています」と言ってボスニアの戦争裁判の時に裁判官を勤めた方のインタビューについて語り始めました。

(ここからのお話しは暴力を含みます。トラウマがおありの方はお気をつけください。)

裁判官の話です。「ボスニアのサッカーチームメンバーに一人イスラム教徒がいた。戦争になった時、チーム全員でこのイスラム教徒を縛り上げ、目の前で妻と娘を暴行して殺した後、彼自身は自由にした。彼は戦後このことを裁判で証言した後、反対尋問が行われる前に気が触れて自殺してしまった。私情とは別に、裁判官として自分はこの証言が判定に参考にするのに相応しいものかどうか判断しなくてはいけない。自分自身が気が触れないために、自分は毎日できるだけ長い時間、近くの美術館にあった3枚のフェルメールの絵の前で過ごした。」

この話しに感銘を受けたお孫さんは、フェルメール(1623−1675)の生涯はヨーロッパ全体がボスニアのような状態だったと思い当たったそうです。激動の時代。でもフェルメールが描く世界が捉えるのは一瞬我を忘れる平穏な瞬間の数々です。大きなピッチャーを傾けミルクを注ぐ数秒。ルートを調弦しながら聞き入る奏者。自分の首に真珠のネックレスをあてて鏡に見入る女性。世界が激動でも、日常の瞬間に平穏はいつもある。フェルメールが34枚の作品を通じて残したのはそういうメッセージ性じゃないのか。

こんなお話しで真剣に始まった会話はお店が閉店になってしまった後も駐車場で続きました。でも途中からなぜか大笑いの連続。シェーンベルグとチャップリンはテニス仲間だったとか、シェーンベルグはピンポンも大好きだったとか、シェーンベルグとトッホは政治や宗教に関する意見で全く気が合わなかったのだが、近所で子供の年齢が近かったので都合の良い遊び相手の両親として喧嘩がいつもうやむやになったとか。でも、昨晩はただ可笑しくて笑っていただけでしたが、今こうして書いていると、もしかしてこのお孫さんは、ナチスの迫害を逃れてロサンジェルスに住んでいた人々にも、苦難はありながらももう一方では日常があったということを、私に伝えようとしていたのかな…と思い当たります。

金曜日に録音するエルンスト・トッホの作品68の第一番の練習風景をYouTubeにアップしました。ご覧ください。

4 thoughts on “明鏡日記23:人間の残虐性とフェルメール。”

  1. 小川 久男

    お疲れ様です。

    人間も野獣です。
    知恵のある野獣です。
    種の保存の為なら何でもやります。
    トッホさんの作品による演奏会は、時宜を得たものだと思います。

    小川久男

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