June 2009

始業式

今日は、始業式があった。 研究生が全員タングルウッドにそろったのは一週間前だが、 昨日が初めての研究生のコンサート、今晩が研究生のオケのコンサート、 そして何よりもBSOの常任指揮者であるジェームズ・レヴァインの到着が今日の予定だと言う事で 今日が始業式となった。 生憎レヴァインはヨーロッパのコンサートの後、交通事情により足止めを食らって 結局レヴァイン抜きの始業式となったが、伝言として、次の趣旨のようなことが言われた。 「弾く、と言うことに集中するあまり、聴くことがおろそかになる若い演奏家が多い気がする。 ここでは、お互いを聴き、教授群や、ゲスト、そしてボストン・シンフォニーを聴き、 聴くことによって学んでほしい。練習よりも、ひとつでも多くの公開レッスン、講義、 そしてコンサートに触れ、見聞を深めることによってタングルウッドからより多くのものを得て 成長していってほしい。」 夜のオケのコンサートは全曲シベリウスのプログラムで、 前半のトーン・ポーエムを指揮の研究生が、 後半の交響曲二番をシベリウス研究の大家、ブロムステッドが指揮した。 指揮者によって同じオケが、同じ晩に、同じ音響で、ここまで音が変わるか、 とびっくりした。 そのあとタングルウッド主催のパーティーがあって、 皆したたかに飲み、たくさん踊った。 実は今、酔っ払っていて、乱文、乱筆、失礼。

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ピアノらしくなく、弾く

9-10   練習 10-12    研究生たちのコンサートを聴く(今日は金管アンサンブルと、打楽器アンサンブル中心) 12:30~2:30 Emanuel Ax のコーチング、メンデルスゾーンの三重奏 2;30~3;30 友達とお昼 3;30~4;30 ジュリアード弦楽四重奏のコンサートの第二部を聴く 4;30~6;30 寮に戻り、急いで練習と夕食と電話、再びキャンパスに移動 6;30~7;30 ちょっと練習 7;30~9:30 Emanuel Ax の公開レッスン 9;30~10;30 明日の研究生たちのオーケストラ・コンサートのリハーサルを聴く 「リズムは指先には無い、体に在る物だよ。もっと体を演奏に取り入れて、リズム間にアクセスしよう!」 これは、ここタングルウッドではなく、二年前に参加したフランスの音楽祭のジャズのレッスンの時に言われたこと。 「歌手と一緒に息をして、手首を息と一緒に動かして、弾く準備をしてみよう!」 「腕を弓だと思ってピアノを弾こう!」 これは、ここで色々な先生に言われていること。 「自分は、ピアノと言う楽器においてはピアニストひとりひとりの実際の音色の個性と言うのはない、と思っている。違いは、(発音の)タイミングと声部の弾き分けだけで、しかしその違いによって音色までも違って聞こえてくる。だから、タイミングと声部の弾き分けには、死に物狂いになれ。」 これは、Emanuel Ax氏に言われたこと。 ピアノと言う楽器は、一回発音してしまうと、そのあとはなすすべが無いから、 他の楽器が伸ばした音をどう処理するか、と言うことにすごく神経を使い、 結果歌い回しに気を使うことになっている、その手間がない。 ということで、タイミング、リズム間に無神経になりやすい。 ここ、タングルウッドでは、声楽家、弦楽アンサンブルとの共演のコーチングで そのことが一貫して、強調して、教えられている気がする。 今日は、アックス氏との最後のコーチングだった。 アックス氏はいつもニコニコとして、優しくって、とても人当りが柔らかいが、 レッスンは実に忍耐強く、大変細かく指示を出し、できるまで何度も繰り返させる。 今日のレッスンの結論付けとして、 「君はすごい、よく弾けているよ。こんなに音が多い曲で全ての音をちゃんと弾いているなんて、尊敬する」 と言われたが、ちっとも褒めてもらってる気持ちがしなかった。 まだまだ、まだまだ。Pateince, patience…

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"patience, patience"

Emanuel Ax氏とのコーチングが今日もあった。 一昨日のコーチング、そしてそれからのリハーサルの成果で 一昨日よりは完成度が高いメンデルスゾーンで、指針を請うことができたと思う。 Ax氏はソロ活動も精力的にこなしているが、同時にヨー・ヨー・マやパールマン等との共演でも有名だ。 そして、ピアノと弦と言う、全く異質の楽器をうまく統合させるために、 ピアノの音をかなり厳しく制限し、弦を生かそうとする。 その概念はこの前のコーチングで理解したので、今回はそこのところはマスターして行ったが それでも、昨日のブログでも触れた、ピアノよりも間のある弦のテンポ感と言うものを 私の独奏の部分でまだうまく掴めず、そこのところを何度もやり直させられた。 その時、何度も”Patience, Patience"、と言われた。 2001年に亡くなった、私を凄く可愛がって、引き立ててくれたNYの指揮者も、 そういえば繰り返し私に言った、”Patience, Pateince". どう訳せば良いのだろう。 忍耐とか、我慢とか、辞書に載っている言葉だとちょっとニュアンスが違う。 あえて言えば、「待つ心」、 あるいはこの場合だと「信念を持って、ゆったりかまえて待つ心」だろうか。 そして、この二人の私が尊敬する音楽家たちは、なぜ二人揃って私にそう言うのだろう。 音楽的に、もっとフレーズに余裕を持たせて、そんなに結論に急がないで、と言う意味にも、 自分の音楽家としての成長、学習の過程をせかさないで、と言う意味にも取れる。 そして、曲が熟す過程を信じて、せかさないで、と言う意味もあるのだろう。 OK, pateince, patience.

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アンサンブル教訓

8時半~11時半   バスでキャンパスに行き、練習 11時半~12時半   ポルトガル作曲家、キャンポス・パーシの歌曲、コーチング 12時半~1時半   練習、移動 13時半~15時半   メンデルスゾーンの三重奏、リハーサル 16時~17時   ジェームス・レヴァインのマスタークラスの準備レッスン(歌曲) 17時~18時   7月5日の演奏に向けて、ルーカス・フォスのソロ曲、レッスン 18時~20時   キャンパスから寮に戻り夕食、そしてまたキャンパスへ 20時~21時半   エマーソン弦楽四重奏演奏会(アイヴス、ドヴォルジャーク、バーバー) 21時半~0時   ピアニスト達とビールとおつまみの会 トリオのリハーサルが、今日はなんだか重荷に感じた。 5月下旬に、全員に室内楽の課題が渡されているはずで、 私は課題を知ったその週から譜読みを始めた。 でも、私のパートナーたちはここに来てから譜読みをして、 私のやりたい、勢いあるテンポでまだ弾けない。 私が一人で頑張っても皆を引っ張ろうとしても 「もっと協調性を持って、聴きあって」 と言われるし、まだ弾けてない人と協調するのも癪に障る。 などと、ちまちま考えて、リハーサルに少し遅刻して着いたらば、 ヴァイオリニストとチェリストが二人で一生懸命練習していた。 彼らも、オーケストラのリハーサルや、マスタークラスなどで、 かなり忙しい日々を送っているのはずなのに、 今こうやって寸暇を惜しんで練習している。 「しばらく練習する? 私は散歩でもしてくるよ」 と言ったら、コックリうなずいて続けている。 小雨が降っていたが、傘を持って歩き始めた。 小道伝いにずっと歩いていたら、どんどん森のようなところに入って行き やがて霧が出てきた。 木々の向こうにあるものが良く見えなくなって来て すごく幻想的な感じだなあ、と思いながら歩き続けていたら いきなりぱっと湖の淵に辿り着いていた。 向こう岸まで一キロ以上在りそうな、しっかりとした湖で雨が水面を打ち続け、 跳ね上がる水滴が不思議な模様を描いている。 しばらくそのままボーっと見とれていたら なんだか息が楽になってきた。 ピアノ三重奏の場合、自然と「ピアノ 対 弦」と言う風になる。 音楽的にもそうなるし、リハーサルの過程においてもそうだ。 ピアノの受け持つ音は弦二人あわせたものの10倍以上になるだろう。 ピアニストが必死こいて準備していったリハーサルで 弦楽器奏者が初見をしている、と言うのは 奨励はできないにしても、現実的には良くある状況で 彼らだけのせいにするのは、かわいそうだ。 テンポ、そして勢い・方向性の意見の相違も楽器の性格の違いから来るものもある。 弦は伸ばした音を好きな用にできるから、どう音を伸ばすかで勝負したいが、 一方ピアノは一度音を出してしまったら、もうその音はどんどん消えていくだけだから なるたけ早く次の音を弾いて、なんとか一直線にメロディーを保ちたい。 彼らの、「もっと遅く弾きたい」と言う意思表示をすべて準備不足のせいにするのは あまりにも意地悪だし、自分本位かも知れない。 弦と一緒に弾いている以上、私も弦の美的感覚、性格に合わせる努力をするべきで ただ単にパラパラ音を速く弾けているからと言っても、 アンサンブルとしてきれいに響かなかったら意味が無い。 そんな事を考えて、気を取り直し、来た道を戻り、 リハーサルしに戻ったらば、二人ともとても良くなっていた。 夜、エマーソン四重奏の「Ozawa Hall」での演奏を聴きに行った。 1+1+1+1が4以上だった。

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エマニュエル・アックス(ピアニスト)にコーチングを受ける。

「音と音の間にはっきりとした意図が無い時走る傾向が、君にはあるようだね」 今日、リハーサル中に言われた。 当たっているが、悔しい。 悔しいが、当たっている。 メンデルスゾーンの三重奏の二番(作品66、ハ長調)を 7月5日のコンサートに向けて、準備中。 昨日初めての顔合わせで、 今日すでに、かの有名なピアニスト、エマニュエル・アックス氏とのレッスンがあった。 ヴァイオリンの子もチェロの子も楽譜をもらったのが3日前だとか。 考えてみたら私もそうだが、でもこの曲を弾く、と言うことは5月下旬に知らされていたので、 ちゃんと自分で楽譜を購入して譜読みを済ませてあった。 しかし、彼らはそういう気は回らなかったようで、 とにかく一緒に通してみて、まっつぁお。 二人とも才能はあるのだろうが、私より多分大分若いし、 老婆心も働いて、かなりリハーサルを仕切ってしまった。 何しろ、この曲は音が多く、そして作曲家の指示するテンポが非常に速い。 指示通りに弾くと、クライマックスまでまっしぐらに走り切るような方向性が必要で、 それをこなすにはかなり技術的に自信を持ってないと、 焦燥感ばかり強調されて、余裕のない演奏になってしまう。 昨日の午後で彼らの準備不足が判明して 夜、二人で弦だけのリハーサルをするように強く要請し (私は歌の伴奏があったので)、 今朝、8時からリハーサルして午後のコーチングに挑んだ。 そうしたら、アックス氏に作曲家の指示するテンポをとりあえず忘れて、 とにかくそれぞれのセクションの個性を強調するように、と指示された。 確かに、「正しく」弾いても、「音楽性」を無視していたらば、本末転倒だ。 そんなに言葉や数字で曲を形づけようとしないで、もっと自由に感じてご覧 との、お言葉でした。 ちょっと面目は潰れたが、でも確かにこの頃私は音楽を楽しんで弾くことを忘れていたかも。 ハンマークラヴィアなんか弾いて、いい気になって、 頭でっかちになっていたかも知れない。 アックス氏は本当に優しい人で、 一緒の部屋にいるだけで、部屋の空気がなごむような人だ。 土曜日と、日曜日にも立て続けにコーチングがある。 今日も午後のコーチングのあと、9時半から11時までリハーサルした。

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