Jeffrey Swannと言うピアニストについて。
しばらくブログ更新しなかったのはマンハッタンに二泊三日していたからです。 パジャマ、楽譜、洗面道具、防寒着、その他でいつも持ち歩くブリーフケースはパンパンで、とてもパソコンは持って行けず、それに多分持って行ってもどうせ書いている時間が無いのです。今回は実に、伴奏の仕事一つ、自分のレッスン二つ、クリスマス・プレゼントの買い物、メトロポリタン・オペラで「ホフマン物語」鑑賞、そして六人の旧友とそれぞれご飯やお茶をして、大変充実した二泊三日でした。その全てについて書きたいことが色々あるのですが、今練習を休憩して是非書かなければと思い、コンピューターを立ち上げたのは今回受けた二つのレッスンのうちの一つを教えてくれた、Jeffrey Swannとそのレッスンについて、です。 Jeffrey Swannは現在50代位のアメリカン人ピアニストで、若い時は王妃エリザーベート国際コンクールの金賞、ショパン、クライバーン、モントリオール、YCA(Young Concert Artists)などの上位賞を総なめにした人で、レパートリーもバロックから近代と非常に幅広いです。(ブーレッズのソナタを全て録音しています。)その他にもワーグナーの権威ある研究者で、アメリカ人としては初めてバイロイトで講義した、と言う歴史的経歴もあります。私が今まで知り合った人の中で最も頭が良い人の一人です。例えば、彼は非常に食いしん坊なのですが、ある日中華料理店で、英語と中国語の内容が微妙に違い、中国語のメニューのほうが豊富でしかもお得、と気がついてから一念発起してついに中国語(読み・書き、喋り・聞き取り、全て)を独学でマスターしてしまった、と言う人です。私の名前の漢字なども、得意そうにすらすら書いて見せます。 私がJeffrey Swannに初めて会ったのは2004年の音楽祭で、それ以来度々機会あるごとにレッスンをしてもらっていますが、私が彼について一番尊敬するのは、その人生における態度です。はたで見ていても歯がゆく成る位、今の彼は経歴と、能力に釣り合う評価を受けておらず、かつてのレコード・レーベルもマネージメントも全て倒産。かつての栄光とはちょっと程遠い生活です。それなのに、「音楽が楽しい」、「新しい発見が楽しい」と言うことを物凄い活力にしていて、いつ見ても何かに興奮して、夢中になっているのです。私もそう言う人になりたい、といつも思います。 彼はベートーヴェンのソナタを全て録音したベートーヴェンの学者でもあるのですが、今回はシューベルト(ハ短調ソナタ、D.958)を聞いてもらいました。そこで、「シューベルトとベートーヴェンの違いをしっかり把握して弾け」と戒められ、違いが何かについて、そしてそれをどう言う風に演奏に反映するか、と言うレッスンを受けました。 手短にまとめると、ベートーヴェンとシューベルトの違いはその方向性に在るようです。ベートーヴェンはいつも、どこかに向かって進んでいる。その目的地が時に聴き手に明らかで無くても、ベートーヴェン自身はいつも向かう地点がどこだかわかって音楽を進めている。これは曲の中のハーモニー進行やモチーフの展開の仕方だけでなく、音楽史におけるベートーヴェンの自意識、と言うことでも同じことが言えるのではないかと思います。それに対してシューベルトは目的地よりもその道筋の美しさに興味があり、しばしば作曲家でありながら一瞬一瞬のハーモニーやメロディーの美しさに惑わされて、とても大回りをしてしまったり、時には堂々巡りをしてしまったりします。そう言う風に意識してみると、なるほど解釈にも随分影響が出てきます。 この音楽の二人の特性を、彼らの人生に照らし合わせてみると、また面白い。ベートーヴェンは難聴や、家族の不和など、自殺を考えるほどの困難に直面しながら、あえて意思の力で生き抜く選択をした作曲家です。それに対してシューベルトは、梅毒と言う不可抗力になすすべもなく、わずかに与えられた31年と言う短い人生の中で書けるだけ、ありったけ曲を書いた作曲家です。 さて、こうやって書いているとムクムクともっと練習したくなります。さあ、シューベルト、シューベルト。。。
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