表現者として私の責任はそれぞれの声部(人物)に対してではなく、音楽(物語)、そして聴き手(読み手)に対して。そして究極的には私の一番の責任は私の視点…主体性を持った私の正直な観点に対して、です。
「練習中に電話取った後ってそれまで難しかったところが急に弾けるようになってたりするよね~。」「うんうん、あるある~!」こんな会話をしていたのが音楽学生時代。
演奏があったから無理やりでも練習したし、気乗りはせずとも会場に行くために身だしなみを整え、演奏しました。そして結果的に私は聴衆に随分と元気づけてもらったのです。持ちつ持たれつだなあ、と思いました。
全霊は、全身を使ってはじめて込められる。音楽は頭と指先だけでは、極められない。
演奏は私の愛情表現です。恕して静かに、歴史も現在も未来にも哀れみの念を持って奏でるのが、私の理想です。