December 2009

移動日について

演奏活動で、特にソリストとして生活の糧を得ようと思うと、物凄い量の旅をすることになる。 本当のスーパースターになると、ほぼ一年中ホテル住まいで、家なんて持つほうがばからしくなるらしい。 私の友達や教授の何人かは、素晴らしい才能と経歴でそう言うソリストになる機会はあったけど、 移動とホテル住まいで参ってしまい、演奏活動をギブアップした人達が何人もいる。 飛行機の中で眠れない、ホテルで眠れない、飛行機でアレルギー反応を起こしてしまう、 あるいはホテル住まいで、いつも新しい知人に囲まれている生活で鬱になってしまう、 など、色々な理由を今まで聞いてきた。 ところが、私は移動日は大好きなのである。 飛行機、バス、電車、どんな移動手段も大好きで、眠ければ全然問題なく眠れるし、 プログラム・ノートを書くとか、ある曲の勉強をする、ペーパーを書く、本を読むなど目的があれば かけられる時間は始めから分かっているし、飲み物とか持ってきてくれるし、凄く集中できる。 飛行場も、バス・ターミナルも、電車の駅もいつも興味を持って歩きまわる。 それぞれのローカルな工夫が面白いし、人間観察も面白い。 景色を眺めるのも大好きだ。 飛行機で初めて行くところに向かって下降していく時は、私は本当に窓にへばりついている。 農場なのか、工場地帯なのか、自然が多いのか、都市か、都市近郊住宅街なのか、 観察しながら、次の演奏会での私の聴衆の生活を想像してみる。 この人たちは、どれくらい演奏会に行く機会があるのか、どう言う教育を受けてきているのか、 どう言う価値観で、どう言う人種で、どう言う生活を送っているのか? 目的地について、乗物から一歩新天地に踏み出す瞬間の空気、においも好きだ。 (ああ、ここはこういう所なんだあ)、と思って嬉しくなる。 ホテルも大好きだ。 ホテルのお風呂は不潔のような気持ちがして入れない、と云った友達が居たが、 私はホテルのお風呂は後で自分できれいにしなくて良いので、大好きだ。 夜も大抵のホテルのベッドは私のおうちのベッドよりずっと大きくてほわほわで、 楽しいので、ぐっすり眠れる。 昨日のこの時間は摂氏12度のロサンジェルスで荷物造りをしていた。 今日は、零下7度のNYで、冬景色を見ながらブログを書いている。 愉快、愉快。

移動日について Read More »

これから~バッハ。

このあと、夜の7時半から一時間半、ヴァイオリニストの録音の伴奏の仕事を終えたら今学期は終了! 今日の午後、私可愛がってくれているオーボエの教授、アラン・ヴォーゲルに呼ばれた。 彼は、私がコルバーンに来てしばらく経ってから顔を見るたびに 「自分は1989年のクリスマス・パーティーでアンドレ・シフに勧められてから毎日、 平均率曲集の前奏曲とフーガを二曲弾くことを日課にしている。君もやってみなさい」と言われていた。 今日、そのことと、来学期から彼のオーボエ専科の生徒たちにバッハを教えることを頼まれた。 パブロ・カサルスも毎日平均律を弾いたそうである。 モーツァルトのピアノにはいつも平均律の楽譜があったそうだ。 ノーベル賞を受賞をした医者・牧師・オルガニスト・ピアニスト、アルバート・シュヴァイツァーは 「毎日バッハを弾くことにより私たちはedify(啓発、教化、薫陶)される」と言ったそうだ。 彼は1905年にバッハの伝記を書いているのだが、その中で 「。。。バッハは一つの終局である。彼からは何ものも発しない。一切が彼のみを目指して進んできたのである。この巨匠の真実の伝記を書くということは、とりもなおさず、やがて彼の中で完成し終焉するドイツ芸術の生存と展開を叙述し、この芸術の努力と過ちを理解することである。この天才は決して単独的精神ではなく、総体的精神であった。我々が畏敬の念をもってその偉大さの前に佇立する作品は、数世紀、数世代の手が加えられて完成したものである。。。」と書いている。 アラン・ヴォーゲルが平均律を弾き始めたのは「ハーモニーを理解したかったから」だそうだ。 オケの中で弾いている時、自分がミスを多くし過ぎる、と思い、 それはハーモニーをきちんと理解し、聞いてないからだ、と思い、 それでアンドレ・シフのアドヴァイスに従うことにしたそうだ。 そういう話を一時間くらい聞いて、彼がオーボエを弾くようにピアノでインヴェンションを弾くのを聞き、 私はすっかり触発されてしまった。 明日からNYだ。 私も明日から毎日平均律を弾き始めようと思う。

これから~バッハ。 Read More »

息継ぎ、息抜き

ずっとかなり忙しかったので、ブログを怠ってしまいました。 土曜日の学校のオーケストラの演奏会の副指揮、 色々な楽器の演奏の期末試験の伴奏の準備(譜読み、リハーサル、レッスン同伴、他) それからコルバーンの卒業生で、在校中仲良くしていたピアニストがコルバーンに遊びに来たので、 積もる話を夜を明かして語り合ったりしていました。 土曜日の演奏会は客演の指揮者、( (サンディエーゴ交響楽団の音楽監督で、中国出身のジャージャー・リング氏) の指揮による、 ウェーバーの「オベロン」序曲、ブルックのスコティッシュ・ファンタジー(ヴァイオリン・ソロは在校生)、 そしてシベリウスの二番、と言うプログラムでした。 4日続けて毎日2時間半のオーケストラのリハーサルを全部聴きとおし、 自分なりに少し総譜の勉強などをしたので、かなり時間は取られましたが、良い勉強になりました。 副指揮の主な責任は、指揮者に何かあった場合(急病、事故、ヴィザの問題で入国拒否される、など) 指揮者に代わってリハーサルや、本番を行う、と言うことです。 しかしこれはあくまでも建前で、そういうチャンスはめったになく、 大抵は指揮者の御用聞き(お水を持ってったり)と、 本番前の会場でのサウンド・チェックの時、客席でオケがどのように鳴っているか 指揮台に立っている指揮者に報告する(聞かれたら~出しゃばってはいけない)、位です。 ホールの音響によって、高音が響きやすい、低音が鳴りやすい、舞台の奥の音が凄く遠くなる、など 色々な癖があり、それは舞台上の人間には聞き分けることはほぼ不可能で、 だから代わりに客席に座って、副指揮が「金管大きすぎま~す!」とか言うのです。 私は本当はこんな責任のある仕事を任せられるような力量も勉強量も全く無いのですが、 たまたま学校の指揮者と、本当の副指揮者が両方ともその日演奏会があり、 ピンチ・ヒッターでコルバーンで指揮を勉強している私が、ときどきこういう大役に抜擢されるのです。 まあ、光栄なのですが、でもやはり責任重大な気持ちがして、無事終わってほっとしました。  自分の力量以上の大役を授かって、引っ張り上げられるように成長する、と言うこともあると思いますが、 やはりプレッシャーは大きいです。 伴奏も、一人引き受けると、どんどん色々な人の伴奏の話が入って来て、 気がついたら思わぬ量になっていました。 ヴァイオリン、ダブル・ベース、クラリネット、オーボエ、トロンボーンに、チューバと楽器も曲も多様だし、 社交だけでは分からなかった学友の一面がリハーサルで発見できたりして、 始めは凄く楽しかったのですが、 今は明日で全部終わるので、本当にほっとしています。 昨晩などは、最後のリハーサルの時は自分が何を弾いているのか 目も耳もうつろで分からないようの気持ちがしました。 でも、こうやって色々な楽器や色々な友達と合わせをしていて、一つ大きな発見がありました。 それは、難所の直前、伴奏しながら彼らの為に息をしてあげると、上手く弾けるのです。 チャント同じテンポで伴奏譜をしっかり普通に弾いてあげても、何回やってもつっかえるところが 難所の一拍前で、私が「す~」と大きく息を吸ってあげると、皆上手く弾けるのです。 これは吹奏楽器でも、弦楽器でも同じで、私は自分の発見が信じられなくて 確認するために何度も息をしてみたり、しないで見たり試したのですが、結果は一定。 別に彼らに聞こえるように大きな音を立てて息を吸い込んでいるわけでもないのです。  これはきっと赤ちゃんや病気の人に物を食べさせる時に 「あ~ん」と、自分も大きく口を開けてあげると食べてくれやすい、と言うのと同じなのかな? 明日(水)は自分自身の演奏の期末試験があり、その後二つ、金管の期末の伴奏があって、 木曜日はNYに向けて出発です。

息継ぎ、息抜き Read More »

アルマニアのお話

昨日の夜、学校に寄付してくれる可能性のあるお金持ちの家のパーティーに 余興で演奏して、学校の宣伝をすることを学校から頼まれて、行った。 車で一時間弱の所にある豪邸だったが、私は車が無いので、学校がタクシーを用意してくれた。 そのタクシーの運転手さんは、とても優しい人で、 私が音楽家だということにとても興味を示して、 自分の13歳になる息子がピアノを勉強していること、 自分もクラシック・ギターを弾くことなどを、つたない英語で一生懸命喋ってくれた。 クラシック・ギターはホールの音響によって非常に印象が変わることを私が尋ねると、 自分の出身国のアルマニアに在る教会の、とても不思議な話をしてくれた。 アルマニアには山に穴を掘ってその人工の洞窟を教会にしている、と云う場所が幾つかあるそうだ。 その一つに素晴らしく音響の良い「洞窟教会」がある。 その教会で演奏すると、どんな音でも美しく聞こえ、教会の隅々まで音が響きわたる。 楽譜が読めないような素人の歌声でも、涙が出るほど美しく聞こえるそうだ。 その教会は3人の兄妹が生涯かけて、3人で力を合わせ、手で掘って作ったもので、 アルマニアでは今では「奇跡」として、観光スポットになっている程だ、と言う。 自分の英語をもどかしそうに謝りながら、ゆっくりゆっくり言葉を選びながら描写してくれた。 なんだか教会が目に浮かぶような気持ちがして、ため息が出てしまった。 お金持ちのパーティーは全くの別世界だった。 アメリカの貧富の差は日本とはけた違いだ。 特にロサンジェルスは金持ちは非常に金持ちの一方、ホームレスも非常に多い。 アメリカでは公共団体や、文化団体に寄付をすると税金が軽減されるので、 お金持ちは競って寄付をする。 その寄付金をいくら確保できるかで、団体の生存が決まってくる。 特に今日の様な不況下では、寄付金の確保合戦が激しくなる。 昨晩、コルバーンからは何人もの独奏者やアンサンブルが私と同じ目的で送り出された。 色々な金持ちパーティーに送り込まれて、中には 「じゃあ、ここで待っててね」と寝室に1時間半閉じ込められたまま、 結局演奏する機会を与えられなかったアンサンブルもあったようだ。 演奏はさせてもらえたけど、演奏中にお客さん達が話しだしてしまい、 結局BGMを提供して終わってしまった、と苦笑して帰って来たグループもあった。 お金持ちの方だって、寄付金ねだりにうんざりしているのだろう。 私の行ったパーティーでは幸い、チャンと私の演奏を好意と敬意を持って迎えてくれたが、 それでもやはり私は、余りの桁違いの生活と価値観に少し違和感を覚え、 なんだかちょっと寂しい気持ちだった。 そんな中で聞かせてもらった遠い異国の洞窟に在る、 美しい音響の聖堂は、クリスマスにふさわしい贈り物を受け取ったような癒し感があった。 嬉しかった。ありがとう。

アルマニアのお話 Read More »

緊張 vs。 弛緩

「あ~~~」と叫びながら走り回っている様な午前中と午後の後、 ぽっかりと夕方に一時間半、開いたりする。 渋滞に巻き込まれて、演奏する約束の時間に間に合うかドキドキしながら一時間車に乗った後、 意外と早く着いてしまって、演奏までに30分くらい手持無沙汰でほーっとしたりもする。 今日のスケジュールはこんな。 8時   起床、身支度、朝食、メールなど雑用 9時半 学校のオケのリハーサルに副指揮者として、出席(ただ聴いているだけだけど、一応指揮者の注意をスコアに書き込んだりする) 12時  色々な教授とこれからの期末のスケジュールについてミーティング 12時半 友達と昼食 1時   練習 2時   オーボエのレッスン(デュティユのオーボエ・ソナタ=素晴らしい曲!) 3時   今夜の演奏の打ち合わせ 5時   マンハッタン・ビーチに向けて出発 6時   コルバーンに多額の寄付をしてくれているお金持ちのうちのパーティーの余興で演奏 弛緩している時、どう言う風に自分をその前の緊張状態の状態の時得た情報を消化・吸収し、 次の緊張状態に向けて、自分のコンディションを立て直し、頭を切り替えて準備するか、 と言うことが、こういう日々を、楽しく過ごすために重要なポイントだと思う。 今日の2時からのオーボエのレッスンは素晴らしかった。 コルバーンのオーボエの先生はアラン・ヴォーゲルと言って、 例えばヒラリー・ハンのバッハのヴァイオリン協奏曲全集の録音の時 ヴァイオリンとオーボエのダブル・コンチェルトのオーボエの独奏を務めたりするスターだけど、 仏教徒で、小柄で、朗らかで、とっても優しい人。 今日レッスン中に他の生徒から教えてもらったのだけど、 なんと大学はハーヴァードの英文学で修めているそうだ! 「大事な音を弾く前には、部屋の空気の振動を感じ取って、それと発音を共鳴させるつもりで」 とか 「モーツァルトは、『作曲は美味しい夕飯を食べて、パイプをくゆらせて、散歩をして、 良い気持ちで触発され、一曲が一瞬で頭の中で出来上がる。 頭の中で出来上がった曲は忘れたりはしないから、 時間のある時書き出すだけ』と言ったそうだけれど、 そのモーツァルトが一番難しいと言ったのは、正しいテンポを決めることだったんだよ。 それぞれの楽章の正しいテンポが決まれば、後はほとんど自動的に出来上がるよ」 とか、色々触発させてくれた。 彼は、ピアノも沢山弾くのだけれど、 イェ―ル大学では何と、バロック奏法で重鎮のラルフ・カークパトリックにピアノを習ったそうな! そして、来学期は、私にバロック奏法を伝授してくれるそうな! とっても楽しみ。

緊張 vs。 弛緩 Read More »