分かった!
1月7日付で書いた「自分の耳を信じる」と言うブログで、このごろ色々な先生にもっと音楽と自分の感情・感性・勘を信じて、考えることを忘れてもっと聴いて弾け、と言われ続ける、と云った趣旨のことを書いた。その文中で引用した3番目の先生にはそういう抽象的なことのほかに、随分テクニックの注意もされた。私はもう学生としてはかなり年齢が行っているし、子供の時の先生がしっかり指導して下さったおかげで、テクニックの不自由はほとんど感じたことが無い。意外に思いながら、この先生が何を私に伝授しようとしてくれているのか、一生懸命指導に従おうと努力し、その後もずっと考えていた。 ちょっと技術的な話になるが、かいつまんで説明するとこの先生が私に繰り返し言われたことは、私の身体はパッセージを弾く時に指とひじが別の所に在る、と云うものだった。肘が指が次に弾くべきところまで先に行って、肘でリードするような形になっている、しかしそうではなく、どんなに速いパッセージであってもきちんと一つ一つの音に身体を全部預けてみろ、準備をするな、先走るな、と言う指導だった。 この1月7日付けの記事にはありがたいことに色々な方から貴重なご指摘を頂いた。 他の先生に言われたことも照らし合わせながら、今練習しながらツラツラ考えていて、ハッと閃いてしまった。 「聴け」と繰り返し言われたことも、この先生の技術指導も、全て「今、現在に集中しろ」と言うことではないのか。 音楽は時間の芸術だ。今、何をどう弾いたか、次に何が来るか、全体構築はどうなっているか、全てを把握しないと安定した演奏が出来ない。でも、余りそう言う全体像や、次に来る部分のことばかり考えていると、実際の音が聴けなくなってしまう。これはバランスの問題で、反対にその瞬間瞬間に集中だけしていたら、支離滅裂な演奏になってしまう。しかし、今の私は多分、先と前を考えすぎる余り、実際の音が作り出す空気の振動や、その時の自分の受体勢をおろそかにしているのでは。 おお~、こうやって書き出してから気がついたが、これは今の私の人生観にも当てはまるかも。おお~。。。