July 2010

良い日

朝食の時、少し元気が無かった。 今度8月1日に演奏する”Traces”と言う現代曲のピアノ・ソロ。 音は全て習得したのですが、昨日現代曲専門のピアニストの先生に「信念を持って弾いていないから、訴えかけてくるものが無い。もっと感情をこめて、自分の音楽性を発揮してみろ」と凄くしごかれてしまったのです。私はこの曲の作曲家であるアウガスタ・リード・トーマスと言う女性にとても魅入られているし、彼女と一緒にこの曲を作り上げていくプロセスが楽しいので、この曲の事を気に入っているつもりでしたが、やはり私の現代曲一般への猜疑的な態度がにじみ出てしまうのかなあ、と少ししょげていました。だって物凄い速い楽章をダーーーーッと弾いた後で、最後の和音を「最低15秒か、それ以上響かせる」とか指示が在ったりするのです。一生懸命頭の中で「1、2、3、4。。。」とそれまでの速いパッセージのせいで息を切らせながら、数えてはいるのですが、でも本当に音楽的必然性を感じて和音を響かせているのでは無いのが、何だか見え見えらしい。 その話しを朝食の時に皆に披露したら、皆凄く親身になって一緒に考えてくれました。「音を邪念を払って集中して聞いていたら、15秒なんてあっと言う間だよ」、とか「自分の呼吸を整えて瞑想し、次の楽章へ頭を切り替える凄く良い時間じゃない」とか、「必然性と言うのは、自分の中で作って行くものだ。もっと弾き込んで、身体にこの15秒をインプットしてみたら良いよ」とか。皆に一緒に考えてもらったのが凄く嬉しくて、今朝の練習はとても張り切った、集中した練習になりました。 そして午後、Lucy Sheltonと言う、私の凄く尊敬する現代曲専門のソプラノ歌手に頼み込んでこの曲のレッスンをしてもらいました。この人はショーンベルグの「月夜のピエロ」を歌う代表的な歌手です。どんな複雑な現代曲を歌わせても本当にドラマチックに、訴えかけてくるのです。でもやはり歌手だから、私は現代曲に対する心構えとか、そういう一般論的な質問をするつもりでレッスンをお願いしました。ところがさすが!「この細かく一音一音に表記されている強弱記号―右手はきちんと従っているけど、左手は全然できてないよ!」とか、「和音と和音の合間、手をじっと休めていてもタイミングは上手くつかめないよ。和音を手で鷲掴みにするつもりで、グワ、グワ、っと実際に動いて見なさい!ほら、余程自然な呼吸になって来た。」「フレーズの合間は実際に呼吸してみなさい。そうすれば身体もリラックスするし、音楽に句読点がきちんと付いて、余程分かりやすい構成になってくるよ」「こう言うダイナミックな曲は、音を一瞬きれいに無くする瞬間を入れ込んで行かないと、聴衆の耳も貴方自身の耳も音楽に付いていけなくなる。小さな休符もきちんと守って、チャンとペダルをクリアして、静寂の一瞬一瞬をきちんと作って行きなさい」 指示の一々が素晴らしく的確で、そのたびに目からうろこがボロボロボロボロ落ちて行くような感覚!! 夕飯の時に興奮して日本人のピアニストのYさんと、打楽器のT君に大声でいかにルーシー・シェルトンが素晴らしいか身振り手振りを交えて話していたらば、近くに座っていた子たちから「マキコは良いねえ、一言も分からないけれど、マキコが何だか凄く喜んでいるのが分かるから、こちらまで嬉しく成ってくるよ」と褒められてしまいました。

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ドホナーニに褒められる。

引き続き、オペラ「ナクソス島のアリアドネ」のリハーサルの経過報告です。 実は私はタングルウッドに到着して翌日にあったミーティングのその場ですでに「アリアドネでハーモニアムのパート担当をするのだが、なるたけ早くここのハーモニアムを見て、弾いてみたい。そして必要ならばハーモニアムのレッスンを受けたい」と、ピアノ主任とタングルウッド総監督に要請していました。ハーモニアムと言う楽器が、メーカーによって非常にバラエティーが在る事を知っていたし、またきちんと整備がされていないハーモニアムで弾くほど情けない事は無い、と言う事も知っていたからです。ハーモニアムと言うのは、小学校の教室に良くあるペダルオルガンに良く似た楽器です。両足を使って交互に左右のペダルを踏んで、パイプに空気を送り、鍵盤を両手で弾く事によって演奏します。ペダルを踏むプレッシャーと速さを変えて、強弱や、音の長さをかなり自由に操る事が出来ます。ところがきちんと手入れをされていない古い楽器はどこかに穴が開いていて、幾ら足を一生懸命踏んでも、音の出ない鍵盤が在ったり、音は出るのだけれどスースーと空気漏れが感じられ、幾ら踏んでも弱弱しい音しか出ない事も在ります。最初のミーティングの段階では、(熱心に取り組んでいる様子が好ましい)、と言う感じで受け止められ「私たちが出来る事は全てしよう」と請け合ってくれていました。 今回私に提示されたハーモニアムはボストン交響楽団所有の楽器で、私が今まで弾いたハーモニアムの中では一番凝った楽器です。オルガンの様に色々なストップが付いていて、それを引き出すことによって違った音色を出したり、オクターブを足したり、トレモロや、ビブラートや、色々な効果を音に足す事ができる仕組みになっています。アリアドネのハーモニアムのパートはストラウス自身が「これは伴奏のパートでは無く、立派なソロの楽器として扱っているつもりだ。だからオケの前の方に位置するように」と指示したそうで、楽譜のところどころに「ここはホルンの音で」など、ストップの指示まで書き込んであるこだわりようで、だから立派なハーモニアムを見た時は嬉しかった。ところが弾いてみてびっくり。音程がかなり低いのです。アメリカのオケはラの音(調弦の音)を440ヘルツに合わせ、ヨーロッパは442、と思われていますが、今はアメリカも段々上がって来ています。特にボストンはヨーロッパに近い事を誇りに思う文化が在り、調律も441~442。それに対して、このハーモニアムは438~440で、しかも楽器の性質上、強い音を出そうと一杯空気を送ると音程がさらに微妙に下がってしまうのです。それだけでは無く、ストップの操作がなかなか複雑で、自分一人では中々マスターできません。何度もタングルウッドの事務所や、ピアノの主任にメールを書いて「誰か私にこのハーモニアムの正しい操作を教えてくれる人を探してください。」と要請していましたが、梨のつぶて。タングルウッド側も全く何もしていなかった訳では無く、何人かに掛け合ってくれてはいたのですが、結局どの人より私の方がハーモニアムの経験があり、誰もこのハーモニアムを近年弾いていなかった事だけが判明。そうこうしているうちに、ドホナーニがタングルウッドに到着してしまいました。 リハーサルが始まって、ドホナーニはすぐにハーモニアムの音程の事に付いて発言しました。私は出来れば直接会って事情を説明したかったのですが、ドホナーニは有名な指揮者だからか、私がドホナーニに話したい、と言っても誰も許してくれません。おとぎ話の王様や、昔の日本のお殿様の様に、向こうから話しかけられるまでは、こちらから話しかけてはいけないようなのです。私は首をはねられても良いから直訴したい、と思いましたが、こちらはたかが一研修生、一オケ団員。黙って自分のパートを弾くしかありません。でも私はこのパートをもらった時から張り切って総譜を自腹を切って購入し、チャンと勉強してリハーサルに臨んでいます。その熱意が伝わったのか、それとも余りにハーモニアムの楽器がひどかったからか、リハーサル中にドホナーニさまは段々私に話しかけてくれるようになりました。そう言う会話でこの楽器がとても古い上に調律が不可能な事などを伝える事が出来、ドホナーニの要請が在って初めて具体的な改善策が色々検討され始めました。私が「調律が狂っている!ストップの使い方が分からない!」と一生懸命タングルウッドの事務所に訴えていた時は何だか煩く思われていただけだったけど、天下のドホナーニ様が一言「ハーモニアムの調律は、ちょっとひどいの~」と仰れば、皆ひれ伏して右往左往して改善策を検討します。その結果、昨日はレンタルのシンセサイザーが届き、さらに今日はポルタティーフと言う、小型パイプオルガンがボストン交響楽団の倉庫から発掘され、調律されて私の元に送られてきました。こちらは問題のハーモニアムよりも余程新しい楽器で、電気で空気が送られます。ただ、ハーモニアムと言うのはアコーディオンの様な、リードオルガンの様な音の出るのに対して、ポルタティーフと言うのはフルートの様な音が出る楽器。全く音色が違います。それから電動で空気をパイプに送ると、強弱の微妙な調整ができません。でも、音程はオケと合っているし、とても奇麗な音色で、改善策に違いありません。そして更なる改善策が検討されているそうです。私は毎日違う楽器を弾く事ができ、中々楽しいです。 ニューヨークのメトロポリタン歌劇団がストラウスの「ナクソス島のアリアドネ」を上演した時にもハーモニアムの代わりにシンセサイザーが使われたそうです。ハーモニアムはヨーロッパでは今でも盛んに制作され、簡単に良い楽器が手に入るようですが、アメリカでは余り一般的な楽器ではありません。そう言うアメリカで育った私がボストン交響楽団の鍵盤楽器担当者よりも多くハーモニアムを弾く機会に恵まれて来て、そして今アリアドネのハーモニアム・パートをまた担当している、と言うのも奇偶だなあ、こう言うのも縁だなあ、と思います。 ところで、その天下のドホナーニ様は、ハーモニアムの楽器のひどさにクレームを付けるにあたって、一言「でもハーモニアム担当の子はとても良い音楽家だ。あの子ならどんな楽器を渡されてもきちんと弾きこなしてくれるだろう」と仰って下さったそうです。その一言の発言を今日は、タングルウッドの総監督者と、ドホナーニ様のアシスタントのピアニストと、それからもう一人誰か忘れちゃった人から、伝えてもらいました。

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アリアドネのリハーサル、続く

今日は10時から1時まで、アリアドネのオケ・パートのリハーサルです。 ハーモニアムはオケの調律に合わず、ソロの時はハーモニアム、オケと一緒の時はシンセサイザーと言う新しい試みの導入で、私は楽器の間を行ったり来たりしています。午後はリハーサルと歌のレッスンの伴奏。 何だか疲れて、夕飯をかき込んだ後、皆と映画を見に行きました。「インセプション」と言うサスペンス。とても面白かった。2時間、タングルウッドを離れて、全く別世界に行く事が出来ました。 今日は早寝をして、明日からまた頑張ります。!

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クリストフ・フォン・ドホナーニ – Christoph von Dohnanyiの指揮

クリストフ・フォン・ドホナーニ – Christoph von Dohnanyiの指揮のもと、「ナクソス島のアリアドネ」のオペラのオケのリハーサルが始まりました。私はハーモニアムと呼ばれる、ペダル・オルガンのパートを受け持ちます。このオペラはオケの編成が小さく、その代わり一人一人のパートが独立していて、責任重大です。私のハーモニアムのパートもかなり重要で、ソロも沢山あり、気が抜けません。 ハーモニアムと言う楽器は余りなじみが在りませんが、ウィーン楽派(ショーンベルグ、ベルグ、ウェーベルンが主に立ちあげた音楽学派で、12音階を起用)がマーラーの交響曲や歌曲、ヨハン・ストラウスのワルツなどを戦時中音楽家不足への対応として室内楽団用に編成しなおしたものに、良く出てきます。特典は、小さな割には(ウィーン楽派が使っていたものはドサ周りがしやすいように折りたためるものだったと思われます)、パイプ・オルガンに似た大きな音が足踏みペダルで空気を送っている間中ずっと絶え間なく延ばせる事、それによって木管や弦楽器をまねることが出来る、と言う事です。反対に汚点は、楽器のメーカー、年代によって品質も、物そのものも本当にバラエティーに富んでいて、そのたびに弾き方を一々習得しなければいけない事。おまけに使われる曲の少ない楽器なのできちんと管理されていない事が多く、それから空気の送り具合によっては音程が微妙に狂ってしまったりします。 私は実はニューヨークの室内楽コンサート・シリーズに出演した際、このウィーン楽派の編曲のハーモニアム・パートを受け持った事が在り、それからサン・サーンスの「動物の謝肉祭」にもハーモニアムのパートが在るのですが、それも弾いた事が在ります。と、言う訳で普通のピアニストよりはかなりハーモニアムの経験は多いようです。 ドホナーニーは、知る人ぞ知るハンガリア人のエルノ・ドホナーニーと言う作曲家(バルトークの作曲の先生)の孫で、今はクリーブランド・オーケストラの常任指揮者です。オペラも沢山手掛けている様で、今回ジェームス・レヴァインがキャンセルになり、ドホナーニーが来る事が決まってから沢山ドホナーニ指揮の色々な違った歌劇団の「ナクソス島のアリアドネ」が研修生の間で交換され、皆で彼の到着を待っている間、研究されました。 今はまだオケと歌手は別々にリハーサルしていますが、ドホナーニーは旧体制のヨーロッパ人らしい、微細にまでこだわりにこだわったリハーサルをします。今日は合計6時間のリハーサルが在りました。私はオペラの製作の段階に関わるのは全く初めてで、全てが新鮮で、なかなか面白いですが、さすがに疲れました。明日も朝10時から3時間のリハーサルが在ります。 今日は6時間のリハーサルを終えて、その足でピアノ・プログラム主任のアラン・スミスのお家で、ピアノの研修生と、教授群が招かれたパーティーが在りました。凄いご馳走がテーブルを埋め尽くし、皆で多いに飲み食いして、とても楽しい款談の一時を過ごしました。外に出て涼んでいたら、半月が雲を照らして、夜空が奇麗でした。ほたるが飛んでいました。

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マーラーの交響曲の3番

今日はタングルウッド研修生のオーケストラとMichael Tilson Thomasの指揮でマーラーの交響曲3番の演奏会が在りました。物凄かった。研修生のオケが余りに上手いのでびっくりしました。隣に座っていたとても友好的なドイツ人の夫婦が涙を流していました。私も泣きましたし、帰りのバスではみんなどの個所で泣いたか、と言う話題で盛り上がりました。マイケル・ティルソン・トーマスは演奏会の後、舞台裏で挨拶に来た観客に囲まれている中、気を失って倒れてしまったそうです。一瞬の事で、すぐに立ちあがったそうですが、昨日もストラヴィンスキーのSymphony of Psalms とモーツァルトのレクイエム、今日はマーラーの最終リハの後に2時間近い交響曲をぶっ続けで振って、それは疲れたと思います。 ボストン交響楽団の常任指揮者、ジェームス・レヴァインは背中の手術の為、今年タングルウッドでの演奏会を全てキャンセルしてしまいました。小澤征爾さんも来る予定でしたが、癌の治療の為にキャンセル。その為にピンチヒッターの、それでも世界的な指揮者が色々と無理をしてくれています。マイケル・ティルソン・トーマスは先週末マーラーの交響曲2番を振り、タングルウッドを正式に開幕して以来、ぶっ続けで色々なコンサートを振っています。ニューヨーク・タイムズの批評には「マイケル・ティルソン・トーマスもジェームス・レヴァインも似た様な年齢なのに、方や精力的に当初の予定を遥かに上回る数の演奏をこなし、レヴァインはキャンセルばかり。ボストン交響楽団はいつまでジェームス・レヴァインに付き合うつもりか」と書かれてしまいました。それを意識してか、マイケル・ティルソン・トーマスは色々なスピーチの場で、ジェームス・レヴァインを立てるような発言を積極的に行い、「ジェームスが心置き無くゆっくりと静養出来るように少しでも力になれれば幸いだ」と言います。偉い!凄い! もう一つ凄いな~と感動するのは、こう言う演奏会、ボストン交響楽団や、研修生のオケのコンサートに、毎晩の様にヨーヨー・マ、エマニュエル・アックス、そしてボストン交響楽団やタングルウッド・ミュージック・センターの重要人が聴衆として出席してくれる事です。興奮して握手を求めに来るミーハーな人たちにも一つも嫌な顔をせずに応対して(まあ、そう言う人は少ないですけど)、コンサートを心から楽しんでいる様子です。 凄いな~、何だか愛だなあ、と思います。 今、マーラーの演奏会の後の打ち上げで飲んできた後で書いているので、あしからず。

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