タングルウッドでの演奏、その9

今日はタングルウッド現代曲フェスティヴァルの一巻として、 研修生によるオケの現代曲コンサートが在った。 私は、Enrico Chapelaと言うメキシコ人の書いた"Inguesu"と言う交響詩のピアノ・パートを弾いた。 この曲は1999年にあった国際サッカー連盟主催の、メキシコで開かれた大会で、 メキシコ対ブラジルの試合で、当時負け知らずだったブラジルにメキシコが勝って フィーバーした事件に触発されて書かれた曲である。 作曲家によれば90分の試合が9分の曲に凝縮されていて 木管がメキシコ・ティームの選手たち、金管がブラジル、 打楽器がベンチの選手たちで、ピアノとハープがそれぞれのチームのコーチ、 そして弦が観客だそうだ。 指揮者は審判で、笛と、イエロー、及びレッド・カードを持っていて、 曲の途中で、ベース・トロンボーン奏者に笛を吹いてイエロー・カードを見せ、 曲の終盤クライマックスの前では、同じくベース・トロンボーン奏者にレッド・カードを出し、退場を命令。 ベース・トロンボーン奏者の不満げなカデンツァに続く退出の後、 曲は一気にメキシコ勝利のクライマックスへと盛り上がる。 リズムが軽快で、大変楽しい曲なのだが、私の位置は打楽器のすぐ横である。 オーケストラ・ベルが肘が当たりそうなくらい近くにあり、 それを打楽器の係の人がハンマーで向こう側からこちらに向かって思いっきり叩いたりする。 (鼓膜の危機!)と懸念し、今日のドレス・リハーサルでは耳栓をしてみることにした。 オケの奏者はよく、耳栓を利用する。 金管のマン前に座る木管の人や、打楽器の前のホルンなどは、 器用にフォルテッシモの前にサササ、と耳栓をはめ込んだりして鼓膜を守っている。 私はそんな器用なことはできないから、とりあえずベルに向いている左耳だけ耳栓をすれば 右耳からの音で、大抵大丈夫なはず、と思っていたが、大間違いだった。 ここでちょっと話をそれて、オケ・ピアノで何が大変かと説明させてもらえれば、 オケの奏者はそれぞれ自分のパートだけが書かれたパート譜から演奏する。 だから例えば50小節とか、100小節とか、ただ単に「50小節休み」とか書いてあって、 そのあとにぴろぴろっと音がかいてあり、また「20小節休み」だったりする。 普通の曲なら「このメロディーが来たら、ここで入る」とか言う記憶でかなり大丈夫だが、 現代曲の場合、何を聞いたらいいか分からないようなことが延々と続いたりするし、 「4分の4拍子で12小節休み」「そのあと8分の9拍子で3小節休み」とか、 小節の単位が変わったりするので、もう必死に 「1~、2~、3~、4~」と12回やってその次に「123456789」と3回やったりしなきゃいけない。 結構大変なのだ。 普通のオケ奏者は高校生の時からこういうパート譜を読み、オケで弾くことに慣れているが、 ピアニストはそういう経験はたいていほとんどしていない。 数え慣れていないのである。 耳栓をして始まったドレス・リハーサルでは、 オケが弾き始めた瞬間、ほとんど何も聞こえないことが判明。 パニクッた私は「1~、2~、3~、4~」とやるのをまるっきり忘れてしまったのだ。 大慌てでとりあえず耳栓を外したが、もう皆がどこを弾いているのか丸っきり分からない! パート譜のところどころに「耳頼り」の合図 (例えば、オーボエがこれを吹いたら次の小節の頭で入る、とか) が書いてあるのだが、それを頼りにやっと自分のパートを弾き始めた時、 もう9分の曲の2分くらいは経過していた。 そこからはちゃんと数えて、ちゃんと弾いて、無事に終わったのだが、 通し終わって指揮者が問題点をさらい直している時、最初のピアノ・パートの事を何も言わない。 なんでだろう、と考えて、実はピアノ・パートは全然聞こえていないことが判明した。 ピアノが弾くときは他の楽器もバンバン弾いている。 大抵打楽器と一緒だし、木管や弦と同じ旋律を弾いていることもある。 オケ・ピアノと言うのは、オケの一番後ろに配置され、大抵他の楽器の色添えで、 「ピアノが聞こえる!」と言うパートはとても少ない。 特にこの曲では金管も打楽器も最大限の音を出しまくっているので、 聞こえるわけがないのである。 […]

タングルウッドでの演奏、その9 Read More »