July 5, 2009

この頃良くされる注意、覚書

「歌や、弦と共演する時は、クレッシェンドは彼らの少しあとから始め、 デクレッシェンドは彼らの少し前から始める。 いつも、ピアノの方が音量的に圧倒しやすい立場にあることを念頭に、 相手を下から持ち上げてあげるつもりで弾く。」  -レヴァインの口癖、と色々な先生から言われる。 「(特にセクションからセクションへのつなぎの部分で) クレッシェンド=音量と共に、タイミングも幅を広げていく感じで、大きくしていく デクレッシェンド=音量と共に、タイミングも幅を狭めていく感じで小さくして行き、すっと終わる」 ―エマニュエル・アックス 「曲を聴くとき(あるいは曲を頭の中で聴いて、構想を練る時)、 メロディーから聞いて、ハーモニーを埋めて、最後にベースを聴くのでは無く、 最初にベースを聴いて、それからハーモニー、そしてメロディーを付け足すと、 構造がよりクリアにわかる、方向性のはっきりとした演奏になる」 -私の学友のジョン 「ギリシャの建築物の円柱と言うのは、等間隔に見えるけれども 実は等間隔に見えるように微妙にずらしてあるんだよ。 拍も同じで、大事なのは機械的に等間隔にあることではなく、 等間隔に感じられ、音楽的に拠り所となる、と言うことなんだよね。」 私の先生、ジョン・ペリー 「歌曲では、歌詞が音楽を触発しているので、そのように歌わなければいけません。 歌詞が付いていないところでも、 想像力を働かせて、歌詞がある個所と同じくらいの意図をもって弾いて下さい」 ―Phyllis Curtin、声楽家

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Claude Frankについて

Claude Frank(クロード・フランク)氏は、シュナーベルや、カール・ウルリッヒと言った巨匠たちと勉強した、 自分自身もすでに伝説的なピアニストで、 1990年に再出版された彼のベートーヴェン・全32のソナタの録音は アメリカのレコード・ガイドによって第一位に選ばれた。 特にドイツ物によって一目置かれている。 私は去年の夏にも別の音楽祭で、彼の演奏を聴き、公開レッスンで稽古をつけてもらっている。 その時から、私も年をとったらああいう音楽家になりたい、と言うあるあこがれも混じった目標として 大変尊敬の念を持って、宝物のような気持ちで思ってこの一年来た。 今回、その気持ちがまた強くなった。 フランク氏はすでに84歳だ。 今でも、フィラデルフィアにあるカーティス音楽院や、イエール大学で精力的に教えているが、 近年、少し物忘れが多くなって、例えば数年前に亡くなった奥さんのことを探しまわったり、 自分の受け持ちの生徒の演奏に感動して 「あなたは素晴らしいピアニストだ!一体誰に師事をしているのかい?」 と、本気で質問してしまったりする。 去年に比べて、今年のレッスンはもっとこと細かいディーテールに及び、 口調もよりはっきりしていて、なんだか前より元気になったような感じを受けたが、 それでもベートーヴェンの31番目のソナタを演奏したピアニストの、一楽章のレッスンが終わった所で 「さあ、次の楽章をちょっとやろう」 と言って28番目のソナタの2楽章について、指示を出し始めてしまった一瞬もあった。 そういう自分自身に対する不安とか、体の不都合などもあるだろうに、 まったくそういうことを感じさせずに、嬉嬉として音楽についてしゃべり続け、 実に緻密な稽古を、ホールの次の使用者が入ってくるまで、いつまでもつけてくれる。 指の関節はリュウマチの為に硬直して、変な角度でおり曲がっている。 それなのに、演奏会でも、レッスン中にデモンストレーションする時でも 弾き始めると、実に美しい音で、実に美しい音楽をかもしだす。 それぞれの曲にこうあってほしいと言うイメージがあまりにも確固として彼の中に在って だから指が動かなくても、そのために少々ミスタッチがあっても その音楽はゆるぎなく聞き手に明確に伝わるんだと思う。 私の前にベートーヴェンの31番目(作品110)のソナタを弾いたイングリッドは 楽譜をよく読んだ真面目な演奏をして、「もう少し表現を誇張してごらん」と言われていたが、 私は反対に 「セクション毎に、聴衆に分かるくらい、テンポや音量や音色を変えてしまうのは、やりすぎだよ。分からないくらい変化をつけて、聴衆に (何が起こったか分からないが、感動した)と思わせるのが本当だ。 そこの違いを間違えないで。」 と言われ、その節度の中でどう表現豊かに弾くか、と言うことについて厳しく言われ続けた。 モーツァルトの指示には厳しく一時一句従うのだが、 その指示の一つ一つをどう解釈して読むか、 どこまで強調するか、それとも控え目にするのか、一瞬のタイミング、どの個所で拍の頭に弾くか、お尻で弾くか、 どこで息をするか、どこで句読点を入れるか、どこからどこまでを一息で弾ききるか、 私が弾く途中、ずっとうなり続け、歌い、拍を数え、 「Beautiful, beautiful」 と叫び続け、「Forte! Now, piano!」 としゃがれ声をありったけ張り上げて私に3回通させた。 レッスンの後で、 「この曲は一番難しい曲の一つだ。モーツァルトの中では一番ロマン派的な表現を使っているが 節度を超えるとモーツァルトでなくなってしまう」 と言っていた。 昨日に引き続き、今朝もフランク氏による公開レッスンが在った。 今日はデイビッドがベートーヴェンの最後のソナタを弾いた。 その演奏に同じようにレッスンをつけるフランク氏を見ていて、私は涙が出てきてしまった。

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